沖縄県立芸術大学

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第15回 琉球芸能定期公演

 平成16年11月に音楽学部の15周年を記念して「第15回琉球芸能定期公演」を国立劇場おきなわで開催しました。本公演には、在学生・教員はもとより卒業生も多数出演し、古典から創作まで多彩な演目を披露しました。


●入子躍  構成・作舞:又吉靜枝   時代、音楽考証:金城厚
 入子躍は、18世紀から19世紀にかけて、御冠船芸能のひとつとして必ず演じられた集団舞踊です。太平の世を祈る意味が込められ、ひときわ重要な演目であったにもかかわらず、王国廃止以降はほとんど伝えられず、今ではどういう芸能だったのかさえわかっていません。そこで、史料の記述にできるだけ沿って、しかし現代の舞台芸能として成り立つように創作を加えてみたのが今回の公演です。振り付けは記録が皆無なので創作しましたが、隊形や演出、太鼓のリズムや歌い方については芸能史研究の成果をさまざまに取り入れています。いわば本学の創作・実演部門と研究部門との連携・協力により実現した舞台です。
 入子躍は、出演者全員が舞台上で三重の円になって踊り、演奏するという、他に例を見ない独特な芸能です。史料には、一番外側の円には色鮮やかな衣装の少年たち(若衆)、二番目の円には青年たち(二才)、内側の円には打楽器奏者、そして中心に歌をうたう地謡が立っていたことが書かれています。
 打楽器のうち、鞨鼓は若衆が担当します。続く「しやうご」は唯一詳しい楽譜が残っているので、入子躍の中でもっとも重要な楽器と考えられます。真ん中に立つ地謡のうち、歌い出しをリードする音頭三人だけは若衆ですが、他の歌い手は、他の舞踊や組踊の地謡も担当する歌三線の名手たちです。
 入子躍の最大の音楽的特徴は、三線を使わないことです。おそらく、入子躍が儀礼的な性格が強いからでしょう。沖縄では古来、太鼓の音は強い霊力をもたらすと考えられてきました。〈世なをり節〉〈伊江節〉〈垣花節〉〈沈仁屋久節〉〈さつく節〉の五曲は歌三線のレパートリーにあって聴き慣れた旋律ではありますが、三線を使わない歌だけの響きは新鮮であります。
 入子躍は、踊りもすべて若衆が主役です。あでやかな若衆たちが、おおぜいで舞台狭しと踊りめぐる、華やかな舞台を意図した芸能でありますが、何より少年たちの若々しさに、その場を祝福する霊力があったと考えられます。
金城 厚 
『第15回琉球芸能定期公演プログラム』より

琉芸-国立入子



●箏曲合奏「菅攪変奏曲」  作曲:根路銘ノブ
 〈菅攪変奏曲〉は、琉球箏曲古伝の〈瀧落菅攪〉〈地菅攪〉〈江戸菅攪〉の三曲に、替手の箏と笛・胡弓の旋律を加えて合奏曲として作曲された作品です。
 琉球箏曲の菅攪という言葉は、17世紀の日本(上方)で広まった器楽曲の曲名に由来しています。〈瀧落菅攪〉〈地菅攪〉〈江戸菅攪〉の三曲は、18世紀初めに薩摩から伝えられたとみられており、いずれも近世邦楽成立期の箏や三味線音楽と歴史的に深いつながりのある音楽です。
 日本では、17世紀から18世紀にかけて「糸竹」すなわち箏曲と三味線、尺八によるさまざまな楽曲が生まれ、「りんぜつ」「すががき」などの旋律がいろいろな楽器に移し替えられたり、他の楽器と合奏したり、中には「打合わせ」といって、異なる楽曲を同時に弾いて合奏するような技巧的な工夫もありました。
 箏曲が琉球に伝わった際には、合奏という形は伝わらなかったようですが、昭和45年に作られたこの〈菅攪変奏曲〉は、古伝曲を本手事として、笛・胡弓で主要な旋律線をなだらかになぞり、これに波打つようにからまる替手箏の旋律を新たに重ねることによって、糸竹合奏の楽しさを味わせてくれます。
金城 厚
『第15回琉球芸能定期公演プログラム』より

   
琉芸-国立箏曲2


●長唄「小鍛冶」 
琉芸-国立長唄


●舞踊「かぎやで風」 
琉芸-国立かぎやで



●創作舞踊「くりまえ」   原案:島袋光裕  作舞:佐藤太圭子
 この作品は、島袋光裕の「三人かせかけ」を佐藤太圭子が再構成した創作舞踊です。八重山『躍番組』に三曲ある「女おとり かすかけ」から、光裕が歌詞、節をそれぞれ組み合わせて原曲は作られました。歌詞の全体に布織りの労働性や祝儀性、「里」に対する思いがみられ、現行の「かせかけ」とは異なる世界になっています。かつて玉城朝薫が薩摩屋敷で踊った「くりまえ躍り」に曲名を借り、衣装を工夫した佐藤の作品です。
 沖縄の古い信仰では、姉妹「おなり神」として兄弟の旅の安全や平安を守護すると信じられていました。首里の人々の間でも、親類、縁者の女性たちが集まり、航海安全や長寿を祈る「踊合」という催しがありました。その「うりずんクェーナ」の、吉日を選んで布を織り始め、機織の過程に思い(祈り)を込め、仕立てた衣服が男たちを守護するという民俗が、この「くりまえ」にも感じられます。
小橋川ひとみ
『第15回琉球芸能定期公演プログラム』より

琉芸-国立くりまえ



●創作舞踊「つらね」  作舞:佐藤太圭子
 〈揚作田節〉と〈伊集早作田節〉の二曲で構成される群舞の二才踊りで、1978年に創作された作品です。琉球舞踊では複数で踊る場合や同時性シンメトリーで踊る場合が多いが、この頃では異時性シンメトリーを取り入れた作品も多く見受けられるようになってきました。本作品はその先駆的なもので、三人立ちの踊りとして創られ、三人が同じ動作を追走していくために、歌詞を持つ作品でありながら、歌意よりそれぞれの音取りと振りが重んじられています。三人立ちの踊りはさらに三つのグループで構成されるかたちうぃ生み、人数や舞台空間の大きさに応じていかようにも変化できる作品になっています。
大城ナミ
『第15回琉球芸能定期公演プログラム』より

琉芸-国立つらね



●創作舞踊「こはでさ踊」  作舞:又吉靜枝
 「こはでさ節」に魅せられて創作し、初回は八名、二回目は一名、三回目は四名の美童、そして四回目が今回で、九名の群舞といたしました。琉球舞踊における創作舞踊が、舞台で感動する作品となり得るのは、なかなか難しいものです。「こはでさ踊」もまだ満足の作品に至らず、新作舞踊の域を抜けずにいます。横に広がる樹木クワディサーに興味を持ち、いつしか数年カメラを持ち伊江島・久米島・八重山等のクワディサーの四季を取り続けてきました。昨年は学外研究でタイのクワディサーも写してきました。
 舞踊は身体で表現するものですが、創作舞踊となる創作の要素として、題目、歌詞、音曲、所要時間、衣裳、演者、技術およびモチーフ等も考慮されなければなりません。今回は、クワディサーの四季に変化する植物の枝葉の下で踊る若い美童の群舞です。かなり大きなクワディサーの特徴のある採物は、沖縄の自然に育まれた風情があり、叙情と叙景詩の雰囲気を持っています。曲はクワディサー節四曲に加え、新たに楽しい曲を山内昌也氏に作曲してもらい構成を試みました。
又吉靜枝
『第15回琉球芸能定期公演プログラム』より

琉芸-国立こはでさ



●創作舞踊「群星・銀星」  原案:高江洲義寛  作曲:照喜名朝一  構成・振付:佐藤太圭子
 本作品は琉球舞踊の基本練習を目的としてつくられました。意味を生じさせず、身体運動の美しさやリズムを重視してはじめに動きが作られ、緩急、強弱などの訓練の意図を持った動きに合わせて音楽が作曲されました。
 二才踊りの「群星」、女踊りの「銀星」に意図的に同曲を用いたのも、動きに意味を持たせないためだと作者は語っています。各曲はそれぞれ十分間で、「群星」「銀星」をそれぞれ三回ずつ繰り返し、六十分の訓練ができるようになっています。
 「群星」の衣装は、上部が男踊りの大胆な動きに対応できる袖にし、下部は古式を重んじながら、膝の屈伸、ジャンプ、その他複雑な脚の動きが自由に出来るムムヌチハンター。「銀星」では、腕のしなやかな動きや手のこねりの分かりやすい袖の上部、体のなよりがはっきり見て取れるように腰の線を鮮明にするデザインの下部になっています。
 「群星」の後にすぐに「銀星」が出来る予定でしたが、実際には完成に十年かかっています。あくまで動きの訓練にこだわるために、一つ一つの動きのフレーズを繋いでいくにが難しかったということです。当初はソロで作られましたが、複雑に変化する隊形に対応できる訓練を意図して複数でのバージョンが作れら、今回も多数のメンバーで踊られます。
大城ナミ
『第15回琉球芸能定期公演プログラム』より

琉芸-国立群星



●新作組踊「宿納森の獅子」
 脚本:嘉数道彦  舞踊振付:阿嘉修  作曲〈忍び思い〉:仲村逸夫  監修:宮城能鳳

  嘉数道彦が大学院の修士演奏に創作し、平成16年1月に初演した組踊りです。構想をディズニーの「美女と野獣」に借りて舞台を沖縄に移し、また新しい間の者(マルムン)の人物像を創出しようとの意図がありました。
 「宿納森の獅子」は四場で構成されています。

 第一場
   佐敷若按司と恋に落ちた安里大主の娘思鶴は、娘たちと遊び戯れながら若按司の迎を心待ちに日々を送って
  いる。
 第二場
   思鶴をわが妻に望む高嶺按司は安里大主を呼び寄せて迫るが、大主はそれを断る。城からの帰路、大主は按
  司の手の者に闇討ちされ、落命する。
 第三場
   父の死を知った思鶴は高嶺按司から逃れて宿納森に隠れ、そこで恐ろしげな山獅子に出会う。しかし行き合わ
  せた板良敷のバーチーに勧められ、思鶴は洞窟で山獅子と暮らすことになる。
 第四場
   思鶴と山獅子は次第に心が通いあって穏やかな日々を送るが、噂を聞いた高嶺按司は家来を引き連れて山獅
  子の征伐に赴く。山獅子が高嶺按司の家来に見つけ出され、まさに殺されんとする時、獅子は人間の姿にかわ
  る。山獅子は実は佐敷按司であった。若按司が思鶴を迎に行く途中、宿納森の神に出会い、隣村の娘との婚儀
  が禁止されていたことから山獅子に変えられ、一年間心が変わらなければ願いを許すという試練であったので
  ある。思鶴は山獅子の力を借りて父の敵討ちを果たし、その後二人は幸せに暮らす。

 板良敷のバーチーがこれまでの組踊りになかった女性の間の者で、全体に組踊りの手法を使いながら、女性の間の者を通して組踊りに新しい世界を作り出そうと試みた作品です。
板谷徹
『第15回琉球芸能定期公演プログラム』より

琉芸-国立宿1

琉芸-国立宿納2

琉芸-国立宿3


沖縄県立芸術大学 琉球芸能専攻
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TEL/Fax:098-882-5094
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