沖縄県立芸術大学大学院芸術文化学研究科

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南島神名の研究

氏名(本籍)
照屋 理てるや まこと(沖縄県)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
博8
学位授与日
平成23年3月18日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
南島神名の研究 
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論文要旨および審査結果の要旨
審査委員
  • 教授 波照間 永吉[主査]
  • 教授 久万田 晋
  • 教授 波平 八郎
  • 教授 狩俣 恵一(沖縄国際大学教授)
  • 教授 大城 學(琉球大学教授)
  • 論文要旨
  • 英文要旨(English)
  • 論文審査要旨

論文要旨

本論文「南島神名の研究」は、南島地域の神の名について調査し、考察したもので、全4章からなる。ここでいう南島地域とは奄美諸島から八重山諸島までを含む、いわゆる琉球文化圏とも称される地域を指している。

「はじめに」では、神の名を対象とした研究について、日本本土および南島地域の先学が残した代表的な研究成果を取り上げ、比較しながら、神名研究の大きな流れを確認した。特に南島地域における神名は、どのように研究されてきたのか、先行研究の成果と課題を踏まえた上で、本研究の目的とするところを示した。

「第一章 南島の神名概観」では、『おもろさうし』、『南島歌謡大成』全5巻(沖縄篇上・宮古篇・八重山篇・奄美篇)などに収載された呪詞・歌謡、説話集収録の各地の説話、そして首里王府による行政文書、現代の各市町村史やフィールドノートといった資料群について、神名認定の基準を決定し、これに基づいて神名を抽出する作業を行った。神名の認定基準には次の3つをさだめた。基準A「前後の文脈(憑霊表現等)から神であることが明らかである」こと、基準B「文脈からは不明だが、他の歌謡、説話等から神であることが確認できる」こと、そして基準C「神を表す語(〜神など)が接尾している、もしくは語の核として含まれている」ことを、神名として認定する判断基準とした。この作業によって、より正確な事例に基づく神名の抽出と、南島地域に広がる神々とその名の全体像を把握することが可能となった。また、第二章、第三章での考察を進める前に、収集した神名群から一つ一つ神名を取り出し、個々の神名を構成する要素を分析する作業を行った。この作業によって神名を構成する要素として動詞要素、名詞要素、形容詞要素の三つのあることが明らかとなり、これらの三要素に分類される語を分析・検討することによって、南島地域の神の性格、役割や形象等についての考察を進めることができた。

「第二章 神の形象・神のいる情景――名詞・形容詞要素を手掛かりに――」では、神名を構成する名詞要素、形容詞要素から代表的な事例を取り上げ、考察した。考察の結果、南島地域において人格神以外の神の形象は、天体、動物、植物、昆虫など多岐にわたることが分かった。中でも南島全域に共通してみられるのは、太陽・月の形象を持つ神と鳥の形象を持つ神、蝶、蜻蛉の形象を持つ神である。太陽・月は基本的に上昇するときに拝むが、奄美では夕日も祈願の対象としており、特徴的であることを明らかにした。鳥と蝶、蜻蛉に関してはいずれも飛翔する存在であり、人知を超えた世界への行き来が可能であることから、神霊としてイメージされやすく、神名要素としても取り入れられた可能性を指摘した。また、同じ飛翔できるものにバッタ、蜂などがいるが、これらは害虫として認識されていることは説話伝承や呪文等から明らかであり、神霊のイメージとしては選択されなかった可能性があることを示した。

「第三章 神の役割・能力と神名――動詞要素を手掛かりとして――」では神名を構成する動詞要素から代表的な事例を取り上げ、考察した。動詞要素によって示されるのは、神がその動作主体となる行為・行動や、神の関わる事象である。中でも豊穣を意味するヨに関して、さまざまな動詞が附随して神名を構成している事例「世寄せ」、「世持ち」、「世抱き」、「世直り」、「世直し」、「世勝り」をまとめて、それぞれの動詞が世についてどのような働きかけをするのかを分析し、それぞれ世を寄せる能力、世を携える(持つ、抱く)能力などを持つことを明らかにした。また、神名の構成要素である「おそう」という動詞について、どのような事物にはたらきかけているのか確認し、神的な行為として具体的に解釈・分析した。例えば神名「くにおそい」とは国をおそう(支配する)能力を持つ神であり、神名「ともおそい」は航海に際して重要な場所である船の艫をおそう(占める)能力を持つ神であり、航海安全の能力を持つ神であることを明らかにした。

「第四章 南島の神名の特質」では全体のまとめ・総論として第一章から三章までの成果に基づいて、南島地域における神名のもつ語義的な特質および機能的特質について考察した。語意・語義的な特質については、南島における神名には、神霊的存在を指示する以外に神の属性や神の管轄する領域を指示する神名があることを明らかにし、これが神名の語義についての南島的な特質の一つであることを指摘した。機能的特質としては、南島における神名そのものの機能について取り上げた。考察の前に、南島には一般的な神の名以外に、『琉球国由来記』(1713年成立)収載の「神名」があることを示し神の名と御嶽の聖名の2つの性質があることを明らかにした。そして南島地域において、神名はなぜ必要なのかという問いの視点から、神に言祝いでもらうという状況を実現するために、神の憑霊という事態を起す必要があり、神を招請する際に必要不可欠である神名の性質を民俗事象や呪詞・歌謡の詞章から明らかにし、南島地域の神名における機能的特質として示した。

英文要旨

Research into the Names of the Nanto Gods

This thesis, “Research into the names of the Nanto gods”, comprises four chapters and investigates the names of the gods of the Nanto region. Nanto refers to the region from Amami to Yaeyama inclusive.

In the introduction, representative earlier research of which the theme was gods’ names was enumerated, and the direction of research into gods’ names was confirmed.

In Chapter 1, “Overview of gods’ names in Nanto”, gods’ names were extracted from the OMORO-songs recorded in the ‘OMORO-SAUSHI’, incantations recorded in other documents, tales in anthologies from various localities, administrative documents of the Shuri government, fieldnotes, etc.

The following standards were used for determining a god’s name. Standard A: “It is clear that it is a god according to the context.” Standard B: “It is not clear from the context but it is confirmed by other songs and tales.” Standard C: “A word that means god is included as a suffix, or as a nucleus.” About the name of the god extracted according to these three standards, it became clear that gods’ names are made up of three components: a verbal element, a nominal element, and an adjectival element. Through analysis of these three components, we were able to research the characters, the roles, the shapes, etc. of the gods in Nanto.

In Chapter 2, “Gods’ appearance”, nominal and adjectival elements were analyzed. It was discovered that Nanto gods’ appearance is very varied, including the form of people, heavenly bodies, animals, plants, and insects. Common to the entire Nanto region is gods’ appearance as the sun, the moon, a bird, a butterfly, and a dragonfly. Regarding the gods which appear as the sun and the moon, I pointed out the relationship with the manners and customs of Nanto where the rising sun and moon were worshiped.

As for the bird, the butterfly, and the dragonfly, these are all flying creatures, and I pointed out that these may have been adopted as formatives in gods’ names because they were easily imagined to be spiritual being which could come and go between this world and a world outside human understanding. That flying insects such as the grasshopper and the bee are not interpreted as appearances of gods seems to be due to the fact that these are viewed as harmful insects in tales and incantations.

In Chapter 3, “Gods’ roles and abilities”, I took up the verbal formatives in gods’ names. These verbal elements reflect the gods’ actions and behavior.

Chapter 4, “Characteristics of gods’ names in Nanto”, considers the characteristics of the meanings of the words and the characteristics of the functions based on the results from Chapter 1 to Chapter 3. It considered these from the point of view of the question of why gods required names in Nanto. To receive a god’s blessing, it was necessary to be possessed by the god in Nanto, calling out a god’s name was necessary in order to be possessed. It was shown that this was a functional characteristic of the names of the gods in Nanto.

論文審査要旨

本論文は、奄美・沖縄・宮古・八重山(本論文ではこれを「南島」と総称する)に伝承される神名(神の名)についての初めてのまとまった研究である。この研究テーマは文学・民俗学・文化人類学の領域にまたがるもので、これまでの沖縄文化研究の中で誰も手をつけることのなかったものである。その意味で、テーマそのものからして独創性にあふれた研究といえる。その内容も南島における信仰と生活、あるいは琉球人の想像力の問題にふれる意欲的なものであり、評価できる。

研究方法は、古代文学テキスト、例えば『おもろさうし』や『南島歌謡大成』全5巻、『琉球国由来記』など、民俗学資料として南島各地の市町村史などを調査対象として博捜し、神名にかかわるデータを集積することを基礎作業としている。その上さらに、北は奄美から南は波照間・与那国にいたる現地でのフィールドワークによって、実際の祭祀と信仰の中における神名について資料を作成している。さらには『球陽』や『中山世鑑』などの歴史関係資料にも十分に目配りして、南島の神名の実態解明に取り組んでいる。

本論文は全4章から成る。第1章は「南島の神名概観」と題して、「神名抽出の方法について」「奄美諸島の神名」「沖縄諸島の神名」「宮古諸島の神名」「八重山諸島の神名」について総論的に論述している。特に「神名抽出の方法について」は、神名の抽出の基準として基準A(前後の文脈〈憑霊表現等〉から神であることが明らかである語)、基準B(文脈からは不明だが、他の歌謡、説話等から神であることが明らかである語)、基準C(神を表す語〈〜神〉などが接尾している、もしくは語の核として含まれている語)を設定し、上記の資料から神名を抽出した。こうして抽出された神名は1750である。

これを奄美・沖縄・宮古・八重山の4つの地域ごとに整理して、以下のような各諸島の神名の特徴を導き出すことに成功している。奄美諸島では沖縄諸島の神名との類似が多く見られるほか、日本本土から入ってきた神名が他の地域よりも多いこと。沖縄諸島では『おもろさうし』や『琉球国由来記』の神名が圧倒的であり、南島の神名の原型的な部分を見せる事例が多くみられること。宮古諸島では、現在も幅広く行われている祭祀儀礼の中で行われる「神名挙げ」によって多くの独学の神名伝承がなされてきていること。八重山諸島では、宮古と同様に「神名挙げ」での神名の伝承はあるが、その神名は普通名詞的になっていること、また『琉球国由来記』には「イベ名」として御嶽に祀られる神の名を記録していること、などである。

第2章は「神の形象・神のいる情景―名詞・形容詞要素を手掛かりに―」と題して、神名を構成する要素のうち、名詞要素と形容詞要素の二つを取り上げ、神の形象とその出現の状況が神名に反映している事を明らかにした。すなわち、人格神以外の神の姿は、天体・動物・植物・昆虫など多岐にわたる語によって表象されるが、太陽・月と、鳥・蝶・蜻蛉に多くの事例が集中していることがある。また、人格神の場合には「顔つき」と「体つき」に着目した命名がなされることも明らかにしている。さらに「性別・老若・その他」の要素も神名の決定に関わることも指摘している。その他、「神々の装い」についても節を設けて論述しているが、ここで取り上げているのは「衣服」「鈴」「笠・傘」である。これらは『おもろさうし』を中心にみられる神名であるが、文化史論的な視点からこれらにまつわる神名の分析がなされ、読み応えのある論述となっている。

第3章は「神の役割・能力と神名」と題して、神名を構成する要素のうち、動詞的要素を取り上げて、それが神名の構成とどのように関わるものであるか。また、それが神の機能・能力をよくあらわすものとして働いていることを明らかにしている。すなわち、動詞的要素によって示されるのは、神がその動作主体となってある行為をなす・関与する事象である。その中でも、豊穣を意味する「世(よ)」を、「寄せる」(世寄せ神)・「持つ」(世持ち神)・「抱く」(世抱き)・「直る(直す)」(世直し)・「勝る(勝らせる)」(世勝り)などの語が多く用いられていること、また、船を守護し航海の安全を守る「艫襲い」の神などもあることを指摘している。このように、動詞的要素は神の機能・能力を明示するものとして、南島一円で神名に取り入れられていることを明らかにしている。

第4章は「南島の神名の特質」と題して、これまでに展開してきた論考を総括し、南島の神名の持つ語義的な特質とその機能的特質について考察している。語義的な特質としては、神霊的存在を指示することの他、神の属性や神の支配守護の及ぶ領分を示す神名のあること。そして、これは南島の神名の語義の一つの特徴としうることを説いている。機能的特質としては、憑霊に関する儀礼と神役の交代・就任儀礼を手掛かりに、神名というものが神役にとって必要不可欠のものであることを明らかにしている。

最後に本論全体の課題として、南島の神名が日本本土の神名とどのような関連性を有するか、また、どこに独自性があるかを明らかにする必要のあることも説いている。

以上のように、本論文は南島における神名に関する先行研究を総括し、これを広範な視野から捉え返そうとするところから出発した。その作業のために『おもろさうし』や『琉球国由来記』『南島歌謡大成』その他、南島各地の民俗・民族誌、市町村史、説話資料、方言辞典に及ぶまで広く資料を求め、1750にもおよぶ神名を抽出して、その特質を明らかにすると同時に、南島の固有信仰および神にかかわる民俗事象にまでその探求の手を伸ばした。南島の神名研究としては初のまとまった研究であり、高く評価できる。

なお、論述に性急なところがあったり、分析に甘さが残るなど、改善すべきところも散見される。例えば、神々の領分の問題を論じる際に、神の道行きの視点を欠落させていることや、神々の世界の構造化―首里を中心とする王府の神々の体系が地方に伝播し、地方の神的世界のヒエラルキーを構成するのではないか、という構造的な視点で解釈する―の必要性などである。また、神名と伝承のジャンル(歌謡・説話)、さらに歌謡では歌謡ジャンルの間に存在が予想される両者(神名とジャンル)の関係について考察が及んでいないことの問題もある。これらについては今後の研究課題として取り組むべきことが指摘された。

全体としては、デスクワークとフィールドワークの両面から南島の神名の問題を明らかにしようとしたことはもっともであり、提出された結論も妥当である。今後の南島の民俗文化の研究に寄与する部分の大きい論文と評価される。

当学位論文審査委員会では本論文について以上の通り審査し、本論文を博士の学位を授与するにふさわしいものと判断した。

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