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バングラデシュの語り物《パラガン》の研究 ―語り手の立場を中心に―

氏名(本籍)
ハッサン A.K.M ユスフはっさん ゆすふ(バングラデシュ)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
論文博士5
学位授与日
平成21年3月18日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
バングラデシュの語り物《パラガン》の研究 ―語り手の立場を中心に―
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論文要旨および審査結果の要旨
審査委員
  • 教授 板谷 徹[主査]
  • 教授 久万田 晋
  • 教授 武井 協三(国文学研究資料館教授)
  • 教授 波照間 永吉
  • 教授 梅田 英春

論文要旨

<パラガン>はバングラデシュの主に北部の村々でみられる世俗的な芸能である。農村社会が共有する実話、民話等をその素材とし、ガエンと呼ばれる一人の語り手がドハルと呼ばれる数人の楽士の伴奏で、語りの他に歌、踊り、対話などにより物語を聴かせる。上演の際には、物語を展開させること、登場人物に扮すること、物語や登場人物について自らの解釈を述べること、ダイナと呼ばれるドハルの一人と対話することの全てをガエン一人で行う。それぞれの語りの部分はガエンと物語との距離を明らかにするところであり、その中にガエンの様々な立場がみえることから、<パラガン>における語り手の立場は注目すべき問題として浮かび上がる。

本論文でいう語り手の立場というのは、<パラガン>の物語とガエンとの関係に関わる問題であり、具体的には、上記に述べた様々な語り方においてガエンは<パラガン>の物語とそこにおける登場人物をどう捉えるのかということである。ガエンの立場は<パラガン>という語り物の様式によって決定される上、社会的な立場も関連するため、<パラガン>の上演様式をその上演環境の中で考察しなければならない。よって、上演様式を巡って<パラガン>における語り手の立場を明らかにすることが本研究の目的である。

そこで研究方法として、テクスト化されている<パラガン>の作品分析の他、国内でガエンとしてよく知られているイスラムッディン・パラカル、ディルー・ボヤティのそれぞれの村で行われた上演を記録したものから上演テクストを作成し、加えてガエンと観客のインタビュー等も参考に分析を行った。

本論文は八章からなる。第1章ではバングラデシュにおける物語を歌う伝統の中に<パラガン>を位置づけた。

第2章では、1910年代から現在までのパラガンの様々な研究は主に文学的な視点からみたものであることを指摘した。この章において、<パラガン>の上演様式という側面についての研究の必要性を明らかにした。

第3章では、<パラガン>の上演における構成形式を考察する。ここで、代表的な作品として、2006年にイスラムッディン・パラカルによって上演された「グレホルムズとガンジェクル」の上演テクストを作成した。そのテクストとこれまで活字化されたテクストなどを参照しながら<パラガン>の構成が上演によって異なることを明らかにした。

第4章では<パラガン>の上演における構成上の定型的な部分について考察する。<パラガン>を含むバングラデシュの語り物において定型的な構成が共通して存在しているが、<パラガン>においてはこの他に、登場人物の出生の歌、結婚の歌、沐浴の歌のような常套的な表現もある。これら定型的な部分をバングラデシュの社会における「型」とどういう関連にあるかを考察し、主に村人の日常における定型性と並行的に考えることによって<パラガン>における定型性の意義を明らかにした。

第5章では<パラガン>における即興性を分析する。現在の<パラガン>を参考にした時、まずテクストがないことに即興性を見出すことができる。加えてガエンは上演機会や、観客の好みに合わせて表現形態、場面設定等を調整することで、結果、毎回新たな上演作品を作成していることを明らかにした。

第6章では<パラガン>の宗教性・世俗性について考察した。歴史的にバングラデシュの民俗社会で起こった宗教混交が<パラガン>の物語世界に影響を与えていることから、上演においてガエンと観客には宗教的な隔たりが存在しないといえる。さらに、作品における物語は信仰・宗教との関わりがあっても<パラガン>は宗教儀礼とは直接関わってないことから、その宗教性より世俗性の働きが強いことを明らかにした。

第7章では、バングラデシュの社会構造の中にガエンの社会的な立場を位置づけるために、その農村社会に対してガエンの生活実態、教育水準、宗教・信仰について考察した。また、<パラガン>が社会によってどう享受されているかという視点からガエンの社会的な立場を位置づけた。

第8章では上演の度に、ガエンは<パラガン>の物語とその登場人物に対して距離を置くこと、また、その距離から物語を捉えるとき、ガエンは農村社会が共有する規範をその基準にすることを指摘した。

本研究の成果としてパラガンにおける語り手の立場を以下のとおりにまとめた。
<パラガン>の様式がガエンに一般社会の基準で物語を捉えることを求めていると言えるだろう。その結果、<パラガン>宗教に関わらず、社会の目で物語をみる民衆の芸能となり、普段社会的に差別されているガエンは<パラガン>によって社会を代表する存在となるだろう。具体的にいうと、<パラガン>の様式においてガエンは社会の目で人間のドラマをみる立場にあると言い得る。

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