沖縄県立芸術大学大学院芸術文化学研究科

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組踊台本の基礎的研究

氏名(本籍)
鈴木 耕太(沖縄県)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
博士13
学位授与日
平成27年3月18日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
組踊台本の基礎的研究
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博士論文全体 論文要旨および論文審査要旨

審査委員
  • 教授 波照間 永吉[主査]
  • 教授 波平 八郎
  • 教授 狩俣 恵一(沖縄国際大学 副学長)
  • 教授 大城 學  (琉球大学)
  • 論文要旨
  • 英文要旨(English)
  • 論文審査要旨

論文要旨

本研究は、沖縄各地に残る「組踊集」と呼ばれる「台本」の系統を探ることを目的とした。先行研究では、多くの組踊の台本が発見されてきたが、組踊集がどのような形で書写されてきたのか、書写系統はどうなっているのかということは明らかにされていないからである。

第一章では組踊集の校合の必要性を説いた。1719年に創作された組踊は、近世期に沖縄本島だけでなく、多良間、石垣、与那国などの周辺離島まで台本が伝播している。これまでの研究では、組踊の台本の記載が異なることを池宮正治、當間一郎、大城學らが指摘し、その「定本」作りについても言及している。しかし、現存する組踊集が膨大で、また、定本作りに関してもその底本となり得る組踊集も選定が難しかった。しかし、現在、尚家の「組踊集」が公開され、その中には〈辺戸の大主〉〈執心鐘入〉〈銘苅子〉〈大川敵討〉〈義臣物語〉〈天願若按司敵討〉〈二山和睦〉の七作品が完全な形で収録されている。そのうち〈二山和睦〉以外の六作品には「着付」が記されている貴重なものであった。この尚家本を底本として、校合を行い、県内に残されている組踊集の系統や類縁性を探る環境が整ったことを説明した。

第二章では、第一節で王府上演された組踊作品を、冊封関係資料を基に再確認した。そこでは、これまで王府上演が確認できなかった〈手水の縁〉の漢訳が、『丙寅冊封那覇演戯故事』という資料に収められていることを確認することができた。この資料から、〈手水の縁〉が冊封に供された可能性が強くなり、これまで作者の平敷屋朝敏が、友寄安乗と起こした「国家之御難題」によって上演されてこなかった、と言われてきた常識に疑問を投げかけることのできる結果となった。

第二節では「尚家本」の体裁や所蔵先から、「尚家本」について考察した。そして、「尚家本」収録の各作品について、対校本を出し、各収録作品との校合を行った。そして、「尚家本」と各対校本の異同箇所を挙げた。

第三節では組踊研究のテキストとして活用されている『校注 琉球戯曲集』について一考を試みた。戦前、「戯曲集」と同じ「羽地本」を底本として発表された台本と校合した結果、〈執心鐘入〉〈銘苅子〉は異同がほとんどなく、いずれも同一の台本から書写された可能性が高いことがわかった。

第三章では第二章の校合結果を受けて、校合した各作品の尚家本との異同の特徴や、対校本どうしの共通性を明らかにした。そして、作品ごとに尚家本に近い表記の台本を示した。結論として、七作品収録されている内、〈辺土の大主〉と〈二山和睦〉は尚家本に近い台本は見つからず、残りの五作品の中で尚家本と表記が近かったのは「恩河本」と「今帰仁本」であることがわかった。また、校合した作品の中、〈大川敵討〉で明らかになったのは、八重山士族が書写した台本は同じ台本から書写されたと思われる共通した特徴があった。このことから、八重山に渡った組踊の台本は、八重山士族の中で書写され、広がっていく可能性がうかがえた。まとめとして、作品ごとに尚家本に近い台本、対校本で表記が近い台本、尚家本や対校本と共通性が見られない台本など分類を行った。

第四章では校合結果から得られた内容を反映させた「校訂本」を製作することを試みた。試みた作品は〈執心鐘入〉である。〈執心鐘入〉は、羽地本系の台本、首里・那覇の士族が所有していた台本、八重山に残る台本と、対校本も多く、また系統がはっきりしている組踊本とも校合をしているため、「校訂本」を製作する上で良い対象と判断したためである。「校訂本」は、尚家本を中央、上段に対校本に記載されていた解説、下段に各対校本の異同を、本文の記載と対照させる形で編集した。結果として、組踊本の異同が一目でわかるようになったが、上演台本としてはまだまだ不十分であることがはっきりした。上演台本としては、舞台上の動きや幕の出入りなど、具体的な内容を記載しなければならず、今回の校訂本は台本を検討するためのもので、若干の演出の参考になる台本として完成させる事しかできなかった。しかし、この校訂本をきっかけとして今後、上演台本といえる内容の台本を製作したい。

第五章は本研究の総括を行った。台本の書写系統を明らかにするために校合を行った結果、台本どうしの類縁性は明らかにできたが、はっきりとした系統を明らかにすることはできなかった。それは、組踊の台本の書写方法そのものに問題があるからだと仮定した。組踊の台本は臨書されず、ある程度柔軟に書写されている。例えば、三母音の発音であれば「やよる」と「やゆる」は同音であるし、琉球方言を当て字にした「世話」と「心配」も同音である。このように表記は異なれど、同じ意味であれば問題にせず、書写していった結果、同じ作品でありながら、表記が異なる台本が生まれていったと結論づけた。

英文要旨

A Fundamental Study on a KUMIODORI script.

The Purpose of this study is to search in Okinawa for the original scenario called Kumiodorisyu. In Okinawa According to previous studies,

Kumiodorisyu has not been clearly identified, despite the fact that many scenario have been found, and several mechanisms of transcription scenario have been suggested.

This paper consists of five chapters.

Chapter 1 describes the necessity of studying playscripts for Kumi Odori, and explains why a proper environment to study should be established.

Chapter 2 lists the playscripts to be studied, and presents the results after studying each piece of work. Specifically, I divided the verses in Ryuka styles, and compared the Shōke-hon (Shōke script) with the ohher texts. I clearly pointed out the descriptions that are written only in Shōke-hon (Shōke script), and those written only in the othre texts as well the descriptions that differ from each other.

Chapter 3 divides those playscripts into groups based on the results from Chapter 2. The results show that there are two playscripts close to Shōke-hon (Shōke script): Onga-hon (Onga script) and Nakijin-hon (Nakijin script). It also reveals that playscripts held by the descendants of Yaeyama warriors have features indigenous to Yaeyama.

Chapter 4, I prepared a revised edition of Shūshin Kaneiri on the basis of the results of my studies of the playscripts. This chapter also presents results from comparison with other playscripts in a visually-apparent manner. In the newly edited text, I put the body text of Shōke-hon (Shōke script) in the middle, and the explanations of the descriptions written in the other texts in the top column. In the bottom column, I indicated the verses of the other texts that have different descriptions immediately below the relevant verses, so that the different points of descriptions from the Shōke-hon (Shōke script) text are clear.

Chapter 5 summarizes this paper. It Basing myself on the results of my studies. I was able to determined that variation in playscripts for Kumi Odori were attributable to the fact that they had been transcribed with the emphasis on the meaning of the text. As a future task, the revised edition will be refined into a complete playscript adequate for performance, because the existing one still lacks elements that are necessary for performance. Other pieces of work will also be examined based on the basis of the results of this study.

論文審査要旨

 本論文は、琉球・沖縄の伝統芸能である組踊のテキストについての研究をテーマとする。組踊は1719年に成立したとされるが、その写本は、沖縄戦の被害などもあって、多くは失われた。本研究は、そのような中で僅かに伝存する写本と、古い写本を伝える活字本などを校合・検討することによって、詞章の異同と、その異同の発生した経緯を明らかにし、そして、当該詞章のあるべき姿を確定し、さらには組踊上演の「台本」の作成を目指していこう、とするものである。

論文の全体は、「第一章 はじめに―本研究の意義―」「第二章 『組踊集』の校合」「第三章 組踊の各作品にみられる異同」「第四章 組踊校本作成の試み―尚家本に収録された朝薫の作品―」からなる。付録として大部の「校合資料」が付く。

第一章は、先行研究を概観し、本研究の意義を説くものである。従来の組踊研究がその必要性を認めながらなお展開しきれなかった組踊集諸本の校合と、その成果の活用について、方向性を提示している。

第二章は、王家である尚家に伝来した『尚家旧蔵組踊集』(1867年。表題には「同治六年卯九月/組躍/御近習方」とある)を底本として、諸家・公的機関等の伝える写本(19冊)や伊波普猷『琉球戯曲集』(1929年)・新聞などの活字本(4種)を対校本として校合した結果を具体的に示したものである。取り上げられた組踊作品は「辺戸之大主」「執心鐘入」「銘苅子」「大川敵討」「義臣物語」「天願若按司敵討」「二山和睦」の7作品である。この部分は本研究の基礎をなす作業の実体を示したもので、「組踊本」におけるさまざまな異同が細大もらさず示され、琉球国末期以来の「組踊本」がもつ問題点が具体的に示されており、貴重な調査データとなっている。

第三章は、前章の調査データに基づいて、上記組踊各作品の「異同の特性」、「組踊集の関係および類縁性」などを明らかにしようとするものである。研究の結果、現在伝来する写本・活字本の系統は、上記「尚家本」のグループ、「羽地本」(『琉球戯曲集』の底本)のグループ、地方伝来本のグループ、その他の4グループに整理できるとしている。調査結果に基づいた穏当な結論と言えるだろう。

第四章は、前章までの調査・研究の成果を取り入れて、組踊「執心鐘入」の「台本」の作成を試みたものである。一ページ全体を上・中・下の三段に分け、中段に上記「尚家本」の記述を置き、上段に対校本にある、上演に際して参考となる情報を掲載し、下段には校合結果である「異同の一覧」をまとめている。これによって、諸本の情報がすべて集約して示されたことになり、作品を上演する際の演出および詞章の決定に対して大きな力を発揮することが期待される。

このように本論文は、現在の組踊研究の新しい分野を開拓すると同時に、組踊上演に際しての基本的情報の提供の方策を示すものである。組踊研究と組踊上演の二つの方面に貢献する研究と言える。今回取り上げられた作品においては、詞章の異同は勿論、使用される音曲の相違などが具体的に明らかにされている。このような精確な校合の過程を経ることなしには、組踊写本の研究も組踊「台本」の作成も完成しないだろう。その意味で本研究は、今後の組踊研究の基礎となるものと位置づけられる。総合的に言うと本研究は、「組踊本」間の異同を明確に示すことを通して、写本の系統を明らかにすると同時に、組踊テキストの「校注本」の作成を経て、信頼の置ける「台本」作成への方向を示すものである。従来の組踊研究の成果を取り込みながら、文献研究を基礎とした新しい組踊研究の方向を探究したものとして、評価できる。

なお、このような調査・研究の成果を提示していて評価できる本論文であるが、幾つかの問題点や課題のあることも指摘される。まず挙げられるのは、本研究を貫く基本概念である「台本」という語についてゆらぎがみられることである。「テキスト」あるいは「組踊本」「組踊集」などという用語と混在する場面が見られると同時に、「台本」という語にカギ括弧(「 」)が付いていたり、付いていなかったりと一定していない。用語・記号の使用に一貫性がみられないことは、概念規定の甘さにもつながるものであろう。より厳密な概念規定に基づく論述求められる。

また、諸本校合の結果導かれる組踊「台本」における異同の種類を整理して示す作業が行われていないことは、もったいないことである。この作業がなされていれば、「組踊本」における異同には幾つかのレベルがあり、組踊という演劇における音曲変更の問題(組踊と音楽の関係)や詞章の変換・変更、付加・省略など詞章作成の問題が明らかになったことであろう。後者のことに関しては「組踊という演劇における詞章のもつ意味(あるいは詞章の可変性)」という、これまであまり議論されてこなかった問題について、重要な問題提起が出来たものと思われる。論文全体の持つ意味についての目配りを効かせて欲しかった。

以上のような問題や課題はありながらも、全体としては組踊研究と組踊「台本」の作成という上演に資する方向性の提示という成果によって、斯界に貢献することのできる論文と評価するものである。

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