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型染技法を用いた表現の研究

氏名(本籍)
根路 銘まりねろめ まり(沖縄県)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
博33
学位授与日
令和7年3月18日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
型染技法を用いた表現の研究
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審査委員
  • 教授 山田 聡
  • 教授 名護 朝和
  • 教授 小林純子
  • 松原 龍一(広島市立大学客員教授)

論文要旨

本研究は、「型染技法を用いた表現の研究」と題し、型染の歴史的背景と技法の特徴を分析し、筆者の創作において型染の新たな芸術表現を見出すことを目標としている。その中でも、伏せ型を用いて複数の図案を一つの画面に構成する「縁蓋技法」、そしてモチーフをシルエットのみで表す「堰出し技法」の表現に着目し、これらの技法の効果と作品への取り込み方を模索した。研究にあたり、近代までの型染の歴史的背景を調べた。それを踏まえ、縁蓋・堰出し技法を用いる3人の現代の型染作家、稲垣稔次郎、伊砂利彦、長尾紀壽の作品を取り上げ、それぞれがどのように縁蓋や堰出しを制作に取り入れ、展開していったかを調査研究した。その上で、筆者も研究制作を行い、これらの技法の特性や効果を追究した。

第1章では、日本における型染及び染色の歴史について資料を調査し、古代から現代までどのように型染が生まれ、発展してきたのかについて考察した。我が国において、文様型を使用した最古の例は、正倉院の「吹絵の紙」であり、これが型染の原型であると考えられる。その後、型染を軸に歴史を追い、江戸時代での型染の大成、そして明治初頭の化学染料の到来とそれに伴って考案された「型友禅」や「モスリン」が誕生するまでの歴史、そして芹沢銈介、稲垣稔次郎、鎌倉芳太郎のように、自身の表現として型染を選択した作家を取り上げ、型染を用いる意味や芸術性を示した。

第2章では、型絵染で重要無形文化財保持者に認定された、稲垣稔次郎(いながきとしじろう、1902年〜1963年)の作品を取り上げ、彼独自の縁蓋技法の表現について調査した。彼は縁蓋を用いて複数の型紙図案を一つの画面に構成しており、稲垣はこの技法を用いて平面作品、着物作品を手掛けていてる。彼の作品について述べるにあたり、京都国立近代美術館および金沢の国立工芸館にて熟覧調査を行った。その上で、なぜ彼がこのような構成をするに至ったのかを調べ、彼の表現の中で模様を切り替えるために用いられた縁蓋の手法とその効果について考察した。

第3章では、伊砂利彦(いさとしひこ、1924年~2010年)の型染表現について述べた。京都国立近代美術館及び伊砂工房での熟覧調査、関係者への聞き取りなどを行い、伊砂独自の表現について考察した。伊砂は縁蓋よりも「堰出し技法」において独自の様式を確立した。彼は具象的な表現をせず、モチーフを限界までデフォルメした抽象的な表現を追求している。本文では彼の「音」のシリーズの作品を主軸に論じ、また彼が発展させた堰出し技法の集大成として、「焔の習作」を取り上げ、伊砂が求めていた抽象性と堰出しの特性が融合した表現について考察した。

第4章では、長尾紀壽(ながおのりひさ、1940年〜)の型染表現について述べた。長尾独自の縁蓋表現を調べるため、本人への聞き取りをはじめ、沖縄・京都の工房での調査、京都国立近代美術館での熟覧調査を行った。長尾は稲垣の縁蓋に影響を受けて縁蓋を用いるようになったが、彼は独自に縁蓋を変化させ、縁蓋自体が上下左右に連続する構成を考案した。行った調査をもとに、長尾がどのように型の持つ連続性に着目し、縁蓋を取り入れて自身の表現を確立したか、また縁蓋自体が連続する構成にはどのような効果があるのかについて、主に沖縄へ移住した後の作品を取り上げ、長尾の型染表現の変化について述べた。

第5章では、縁蓋技法、堰出し技法を用いた筆者の実験制作について述べた。稲垣稔次郎、伊砂利彦、長尾紀壽がどのような表現を目指し、縁蓋や堰出しを作品に取り入れたのかを調べるため、筆者の型紙図案を用いて、3人の作品に見られる縁蓋・堰出しの表現を使用して試作品を制作した。縁蓋・堰出しの技法を習得するとともに、技法の特徴をより効果的に見せる構成や素材選び、墨の濃度の調節について調べ、最終目標である着物作品への技法の取り入れについて模索した。

第6章では、これまで行ってきた調査や技法研究をもとに、縁蓋技法を用いた絵羽模様の大型衣裳の制作を行った。まず制作にあたり、作品の題材となる「女性と戦争」について文献を調査し、女性たちの視点で語られる戦場の風景、匂い、そして死の描写をもとに、戦死者の鎮魂をコンセプトとして作品「Lacrimosa」を制作した。本作は縁蓋技法を用いて、大きく縫い目を跨ぎ、パターン化された3種類の連続模様を組み合わせて作品画面を構成した。糊置きでは、縁蓋の模様に合わせて型紙をずらして糊を置く手法を試み、最終的には縁蓋の線を効果的に見せながら、縫い目を跨ぐ模様の横のつながりもずれなく構成することができた。縁蓋技法を用いることで、型染の連続模様の特徴を残しつつ、絵羽模様として着物作品の中に取り入れることができ、作品意図を表す上でも、筆者にとって新たな型染表現として確立できたという結論に至った。

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