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八重山歌謡の表現の研究 -植物を中心に-

氏名(本籍)
佐々木 和子ささき かずこ(東京)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
論文博士7
学位授与日
平成31年3月18日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
八重山歌謡の表現の研究 -植物を中心に-
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博士論文全体  論文要旨および論文審査要旨
審査委員
  • 教授 波平 八郎[主査]
  • 教授 久万田 晋
  • 教授 森 達也
  • 波照間 永吉(しまくとぅば普及センター長)

論文要旨

本研究は、奄美・沖縄・宮古・八重山の4地域に伝わる琉球歌謡の中から、八重山歌謡を中心に考察の対象としている。

琉球列島内には、トカラ列島にある渡瀬線や、沖縄諸島と八重山諸島との間の蜂巣賀線等、異なる動植物相が展開する生物地理学上の境界線が在ることが明らかにされている。八重山諸島は、両境界線のさらに南に位置している。そのため、八重山歌謡の表現の素材は、熱帯・亜熱帯の自然環境下の暮らしを土台にしている。歌にみる植物は、歌唱者達の意識によって島の自然の中から選択された植物の姿であり、植物を用いた表現には、歌唱者達と植物の関係が表れる。その関係には、人々が島での暮らしで蓄積してきた様々な経験と知恵が活かされ、民俗、信仰、その他八重山の風土が自ずと反映しているものと考えられる。本稿は、そうした自然環境と風土を背景に持つ植物を用いた表現を通して、八重山歌謡の表現の特徴について考察する。

第1章では、本稿が主なテキストとした 『南島歌謡大成 Ⅳ八重山篇』(外間・宮良 1979)に収載されている植物を含む歌(以下、「植物歌」とする。)を抽出した。植物歌にみられた80余種の植物から、八重山歌謡の性格の分析を行った。そして、植物歌が、日常の多彩な人間模様をテーマにした島々に自生・栽培する樹木や草・花が関わる歌と、作物の豊穣の願いをテーマにした稲作を中心にしたイネが関わる歌(以下、「稲作歌」とする。)に分けられることを考察した。

第2章では、日常の人間模様をテーマとした植物歌の事例を中心に取り上げ、八重山に生育するどの植物が、どのように用いられて、歌唱者達のどのような思いを表現しているのかという視点で歌の解釈・分析を行った。そして、八重山歌謡の歌に取り上げられている植物が、歌唱者達の思いや観念の具象表現の素材として、巧みに用いられている表現の特徴を明らかにした。特に、具象表現と歌の列挙様式との関係等を考察した。

第3章では、栽培植物であるイネが関わる稲作歌を取り上げた。稲作歌は、作物の豊穣にテーマが特化され、その願いが超自然や神や先祖に伝え・祈る祭祀の場で謡われる。そして、イネの豊穣を願う詞章では、イネの理想的な生育を野草(ススキ、チカラシバクサ、ジュズダマ)の繁茂の具象で表現していた。稲作歌の詞章には、様々な農耕技術と文化の思想の混在が認められた。また、稲作歌の総合的な分析及び、歌にみるイネと野草の関係から、稲作農耕文化の呪的な発想と表現について考察した。

第4章は、植物歌における植物が関わる表現を通して、八重山歌謡の表現の特徴について総括した。八重山歌謡に共通する主題は、豊穣の希求や、共同体の安定、健康長寿等が主要な願いであると考えられる。それらの願いを言霊が宿ると信じる歌の言葉にして、超自然や神や先祖に祈る一方で、歌唱者達自ら全員で謡うことで、人と人との間に共同体の幸福の確認と共感が生じる。歌の思いの確認と共感を意図する表現様式の一つとして、植物を素材として用いる八重山歌謡の具象表現と列挙の様式を論じた。八重山歌謡の植物を用いた具象表現の言葉の特質は、島の生活を共にする誰もがその実像を知る物を表現の素材に求め、土地の言葉で表現する点にある。島の自然の植物等を表現の素材とする歌の具象表現は、共同体の人々にとっては、歌の思いの確認と共感を容易に引き出す力がある。

本研究は、八重山歌謡の植物を用いた具象表現に注目した。具体的な物によって、心を表す表現様式自体は、日本文学の記紀歌謡以来の歌の世界にみられる普遍性を持つ。八重山歌謡の具象表現は、普遍的な表現の在り方の一つと言える。そして、植物歌は、八重山の島々で育まれた自然の植物への理解を用いて、歌唱者達の八重山の生活の具体的出来事から生まれた願いや思いを表す点において、風土の固有性を持つ。また、植物歌は、共同体の共感に基づいた思いを表し、村の重要な祭祀や行事、日々の協同作業等の場において、人から人への記憶の口伝への方法で謡い継がれてきた。歌唱者達にとって、植物という自然環境は、共同体の経験と知恵に基づく実体を伴う具象表現の言葉のストックであり、歌は、口頭伝承の歌の伝承に欠かせない「場」での、共同体の思いを確認する、人と人とのコミュニケーションと考えられる。人の記憶の継承によって幾年もの「場」を重ねてきた口頭伝承の歌の一篇の中には、様々な文脈の表現の混在がみられた。混在する文脈の各々に、生活の具体的出来事から生じた表現と人々の共感の世界がある。口頭伝承の八重山歌謡の研究において、混在する文脈の解釈・理解のために、様々な視点からのアプローチは有効であると考える。

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