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近現代の動物園にみる人間と動物の関係 −美術制作者の立場から

氏名(本籍)
陳 佑而ちん ゆうじ
(中華民国)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
博18
学位授与日
平成31年3月18日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
近現代の動物園にみる人間と動物の関係 −美術制作者の立場から
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博士論文全体  論文要旨および論文審査要旨
審査委員
  • 教授 平山 英樹[主査]
  • 教授 波多野 泉
  • 教授 尾形 希和子
  • 教授 上條 文穂
  • 准教授 喜屋武 盛也
  • 清水 真澄(三井記念美術館館長)

論文要旨

 

本研究では、近現代の人間と動物の関係に関する思想を辿り、特にその中での動物園の役割について考察し、美術制作者として人間と自然の共存のためにどのような役 割を果たすことができるかを提示したい。

第1章では産業革命以降、近代工業社会における人間と動物の関係についての思想の発展を概観する。まずは人間と動物の境界線をどのように引くのかという問題につ いて論じる。産業革命後、自然資源の乱開発によって人間と動物の共存関係が変化し、人間と動物の距離が広がり始めた。既に17 世紀にデカルトは、動物は苦痛を感じないという「動物機械論」を提唱し、人間と動物の関係について大きな議論を巻き起 こしていた。産業革命期の思想家として動物も苦しむという「功利主義」で動物の権利について語っていたベンサム、そして人間も動物であるとする「進化論」で人間と 動物の関係を転覆したダーウィン。この三人の学説を挙げながら、その時代の動物観 を概観する。

第2章では現代社会における動物の現状と、動物の権利や倫理についての学説を概観する。20 世紀に入ると、人間と動物の関係の発展は極端化する傾向が見える。動物 愛護や自然環境保護の思想が以前より重視されるようになる一方、産業革命以来世界規模で進んだ経済発展により、大規模の自然環境の開発や農・牧畜業の工場化が進み、動物の地位は著しく低められた。現代の動物思想の様々な学説のうち「選好功利主義」でベンサムの学説を一歩進めて動物の権利を語るシンガーと、「権利論」で動物が道徳倫理の配慮対象になるとするレーガンの二人を取り上げる。

第3 章では動物園の歴史を素描しながら、19 世紀に近代動物園で動物を観察して制 作したアニマリエ(Animalier) と呼ばれる芸術家の一群と現代の動物をテーマとして 制作する芸術家を比較する。最初の近代動物園であるパリ植物園付属動物園が、19 世 紀初頭に大衆に公開されたのを機に、動物を主題とする芸術家達は近距離で野生動物 を詳しく観察し、或いは解剖にさえ立ち会えるようになった。その結果人間の肖像同 様に動物の個体性を表す作品が数多く制作され、これらアニマリエの作品は当時、動物愛護思想の発展も相まって、社会中動物と自然への興味を喚起した。ところが、現 代の美術表現における動物表象にはアニマリエのような芸術家と動物園の繋がりがあ まり見えない。いっぽう動物の絶滅や自然環境の消滅が続く20 世紀の現代動物園では、動物の権利や種の保存などについての教育と研究の役割がより必要になってい る。現代動物園が担っている「種の箱舟」としての役割は、人間と動物の関係における重要な指標となった。

第4章では、動物園に通う美術制作者として、動物園を通してこれからの人間と動 物の関係にどのように役立てるのかを探ってきた自身の動物園における実践について 述べる。またそのことが自身の制作にどのような影響を及ぼしたのかを論じる。動物 をテーマとして制作し、人間と動物の間の「共感」について、作品を通じて自らの見 地を表すことを試みてきた筆者は、19 世紀のアニマリエと同じように動物園で動物の 解剖やデッサンを実践してきたことで、作品の主旨や素材、展示方法についても大きな影響を受けた。さらに動物園で死んだ動物の剥製を作る経験は、動物の死が人間の死と同じ重さを持つことを認識させ、個人的な喪失感を越えて、人間と動物の関係をより総体的に考えるようになった。

人間がどのような目線で動物を見るかは、人間の自然に対する考えを反映している。自然環境問題が重視される一方で自然との乖離が進む現代社会において、19 世紀 のアニマリエが当時の社会に対して自然への関心を喚起したように、フィルドワーク や実践活動を通して現代の動物園と深く関わる美術制作者として、筆者にも動物園を 中心に様々な芸術家が集う現代のアニマリエを形成し、人間と自然を再び近いものにすることが可能ではないかと考える。

本研究では、人間と動物の関係に焦点を当て、科学動物園がその関係にどのような影響を及ぼし、近代以降どのような変遷を経て現在に至ったのかを考察する。その上 で、この先人間と動物のより良い関係を構築するために、これからの動物園がどのような役割を担いうるのか、そしてそのために美術がいかなる形で貢献できるのかを、 現代のアニマリエとして展望する。

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