沖縄県立芸術大学大学院芸術文化学研究科

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琉球古典音楽安冨祖流における演奏理論と実践の研究―金武良仁の録音記録とその音声分析から―

氏名(本籍)
和田 信一わだ のぶかず(沖縄県)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
博20
学位授与日
令和3年3月18日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
琉球古典音楽安冨祖流における演奏理論と実践の研究―金武良仁の録音記録とその音声分析から―
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博士論文全体  論文要旨および論文審査要旨
審査委員
  • 教授 仲嶺 伸吾[主査]
  • 教授 久万田 晋
  • 教授 島袋 功
  • 客員教授 金城 厚
  • 教授 マシュー・A・ギラン(国際基督教大学)
  • 論文要旨
  • 英文要旨(English)
  • 論文審査要旨

論文要旨

本研究は、琉球古典音楽安冨祖流の演奏理論を体系的に整理し再構築することで、実践での規範のあり方を示すことを目的としている。そこで、昭和初期に出版された冨原守清著『琉球音楽考』における演奏理論を解読し、昭和初期の安冨祖流を代表する演奏家・金武良仁の歌い方の分析を行った。

本研究の特徴は、歌い方の解説に「概念図」を用いた事と、音声分析による科学的なアプローチを行ったことである。概念図とは筆者の考案によるものであり、歌の音高をグラフに示した図である。この概念図を用いることにより、歌い方を視覚的に解説することが出来るようになった。そして、音声分析ソフトを導入することにより、聴き取りにくいわずかな歌の動きの判別を含め、吟法を客観的に解明することが出来た。

本論は第1章序論から第6章結論までの全6章で構成されている。

第1章では、琉球古典音楽安冨祖流と野村流における規範の形成について概観し、本研究の視点や研究目的、研究対象や研究方法について述べた。近年の研究によって、昭和初期には演奏理論が存在していたことが明らかとなってきているが、現代の演奏には演奏理論が反映されていない。また、安冨祖流では演奏者によって歌い方が違う点が指摘されている。これらの問題点を解決するため、演奏理論の体系化と、安冨祖流の音楽的特徴を明らかにする必要があると考える。

第2章では、近代以降の琉球古典音楽界の動向、安冨祖流音楽と演奏理論の伝承の経緯について概観し、先行研究の問題点を指摘した。1930年代、野村流では『声楽譜附野村流工工四』が出版され、それが野村流音楽の規範となった。同時期に、安冨祖流でも演奏理論を記した『琉球音楽考』が出版されるが、その後、戦争を境に理論の伝承は殆ど途絶えた状態となり、大湾清之によって再検討がなされるまで、演奏理論は理解されていなかった。演奏理論の伝承が途絶えた理由の一つは、吟法の種類の多さと解説文の難解さである。そこで本論では、『琉球音楽考』に書かれた「修飾吟」と呼ばれる43種類の吟法を項目ごとに分けて整理した。その結果、修飾吟はその内容から「演奏理論」「演奏技巧」「発声表現」に分類できることが明らかとなった。

第3章では、先行研究に自身の見解を加え、「原則」と「原則の展開」に分類することで安冨祖流の演奏理論を体系的に示した。「原則」には、1歌の旋律に関する一般原則、2歌い出しの原則、3単音に関する原則の3つがある。これらの原則は安冨祖流音楽の骨格を成すものだと考えられる。「原則の展開」では、実践の中で原則がどのように応用されているかということについて述べた。琉球古典音楽における多くの楽曲は、ここに挙げた原則に基づき、それらを応用することで旋律の型を形成している。そして旋律の型を組み合わせることで、一つの楽曲が構成されているのである。

第4章では、安冨祖流の吟法の中から「渡吟」に着目し、音声分析ソフトで金武良仁の渡吟について分析を行った。「渡吟」とは、〔工○尺〕や〔上○老〕といった勘所進行の場合に用いられる吟法である。『琉球音楽考』には具体的な勘所進行や吟法が明記されているが、現代の歌にはそれが反映されていない。そこでまず、金武良仁の歌において渡吟の吟法がどの程度確立されていたのかを検証した。検証の結果、《ぢゃんな節》《首里節》《諸屯節》の3曲において、渡吟の吟法が確立されていることが明らかとなった。また、前後の脈絡や、〈本位〉と〈中位〉という左手のポジションの違いが渡吟に影響している可能性について指摘した。

第5章は「昭和初期から現代にかけての吟法の変化について」と題し、渡吟がどのように伝承されてきたのか、演奏速度の遅い楽曲や速い楽曲に分けて検証を行った。その結果、戦争を境に徐々に抑揚の付け方や間の取り方が変化していく様子が明らかとなった。また、演奏速度が遅い楽曲において吟法の変化が顕著であった一方、演奏速度が速い楽曲においては渡吟の吟法が伝承されている事も確認することができた。

以上の結果をふまえて、安冨祖流の演奏理論を再構築した結果、安冨祖流の音楽的特徴を示す根拠を得ることが出来た。安冨祖流には、原則とその応用によって構築された演奏理論があり、金武良仁の歌には演奏理論が反映されていると結論する。

演奏理論は、先人達が長い年月をかけて弾きこなしている間に生じてきた意識であり、繰り返し演奏するうちにそれが旋律の型となり、確立されたものだと考えられる。また、渡吟の変化は、演奏理論の存在が安冨祖流音楽の伝承に欠かせない事を証明している。

安冨祖流音楽の伝承には、面受口伝による実技指導と併せて、演奏理論の伝承が不可欠である。今後は演奏理論を軸とし、その上で個人の音楽表現も尊重しながら、安冨祖流の音楽的特徴を示す吟法の伝承を行うべきではないだろうか。

英文要旨

Performance Theory and Practice in the Afuso School of Ryukyuan Classical Music – Based on Records and Voice Analysis of Performances by Kin Ryōjin –

The aim of this study is to throw light on prescriptive performance practice through methodical examination and reconstitution of performance theory in the Afuso school of Ryukyuan classical music. Through an in-depth reading of performance theory as described in Ryūkyū ongaku kō (A Study of Ryukyuan Music), the theoretical study by Tomihara Shusei published in 1934, I analyse the singing style of Kin Ryōjin, the leading performer of the Afuso school during the early Shōwa era.

Features of this study include use of conceptual diagrams for explaining the singing style and a scientific approach based on voice analysis. I personally devised these diagrams, which represent vocal pitches graphically and permit a visual description of singing style. Furthermore, use of voice analysis software throws objective light on use of the voice, including clarification of detailed vocal inflections scarcely perceivable by the era.

The dissertation comprises six chapters including an introduction.

Chapter 1 offers a general description of prescriptive features of the Afuso and Nomura schools of Ryukyuan classical music and elaborates on the perspective, aims, targets and methodology of the study. Recent research has revealed the existence of performance theory during the early Shōwa era, but such theoretical considerations are not reflected in modern performance. Differences between performers in the singing style of the Afuso school have been noted. To resolve such issues, it is necessary to systematise performance theory and clarify the musical features of the Afuso school.

In Chapter 2 I look at trends in the world of Ryukyuan classical music over the past century and describe the history of transmission of Afuso school music and performance theory while pointing out problems in prior research. The Seigakufu tsuki Nomura-ryū kunkunshī (Nomura School kunkunshī with Notation of the Vocal Part) published during the late 1930s established the standard for performance of music in the Nomura school. Ryūkyū ongaku kō, which describes performance theory in the Afuso school, was published at around the same time. Interrupted by the Second World War, theoretical studies thereafter came to a virtual halt, and it was not until this field was re-explored by Ōwan Kiyoyuki that performance theory began to be understood. The reasons for this break in the lineage of performance theory were in particular the numerous singing styles and the abstruseness of commentaries. In the present study I analyse the 43 types of ‘ornamental singing’ (shūshoku gin) described in Ryūkyū ongaku kō based on a division into separate categories. As a result I show it is possible to classify ‘ornamental singing’ into the three categories of ‘performance theory’, ‘performance technique’ and ‘vocal production’.

In Chapter 3 I express my opinions about prior research and attempt to systematise performance theory in the Afuso school in line with a division into ‘Principles’ and ‘Development of Principles’. Three ‘Principles’ are involved: 1) Vocal melody; 2) Initial vocal articulation; 3) Single pitches. These create the skeletal framework for music in this school. In ‘Development of Principles’ I examine how principles are applied to practice. The melodic formulae employed in most pieces emerge through application of these principles. Individual pieces are formed through varied combinations of these melodic formulae.

In Chapter 4 I focus on the vocal technique employed in the Afuso school known as watai-jin and analyse with recourse to voice analysis software how it is employed by Kin Ryōjin. Watai-jin denotes the method of singing employed when the melodic skeleton in the sanshin part moves over two beats down a semitone from kō to shaku or a minor third from jō to rō. I begin by examining the consistency of the watai-jin method employed by Kin Ryōjin. It became evident that its use in Janna-bushi, Shui-bushi and Shudun-bushi is indeed consistent. I also point out that watai-jin may be influenced by the surrounding context and by whether the first or second positions are employed on the sanshin.

In Chapter 5 I examine how watai-jin has been handed down over the past century based on a division into pieces with slow and fast performance tempi. This revealed that gradual changes occurred in vocal inflection and handling of metre on either side of the Second World War. Whereas changes in singing style were particularly noticeable in pieces with slow tempi, the watai-jin style was handed down faithfully in fast pieces.
Having reconstructed performance theory on this basis, I obtained the foundations for describing the musical features of the Afuso school. This school possesses its own performance theory based on the application of specific principles, and I conclude that this theory is reflected in the vocal style of Kin Ryōjin.

論文審査要旨

本論文は、琉球古典音楽安冨祖流における演奏理論の解明と、現代における吟法の変化を明らかにすることを目的としている。その方法として、新たに考案した概念図によって吟法を視覚的に把握することに加えて、歴史的音源の分析に音声分析ソフトを使用して吟法の様式を科学的、実証的に解明するものである。

論文は全6章で構成されている。第1章では、研究の目的、方法、対象が述べられている。第2章では、近代以降の琉球古典音楽の伝承と演奏理論の歴史がまとめられている。特に富原守清『琉球音楽考』における吟法の記述にとして、詳細に検討されている。第3章では、琉球古典音楽安冨祖流における演奏理論が検討されている。ここでは先行研究に独自の見解を加え、安冨祖流の演奏理論を体系的に提示している。すなわち3種の原則と、その応用によって旋律型が構成され、さらにその組み合わせによって楽曲が構成されることを詳述している。第4章では、安冨祖流の吟法の中から「渡吟」に着目して、音声分析ソフトの導入により戦前期金武良仁音源を分析している。その結果、「渡吟」の吟法が確立していることを導き出している。第5章では、前章での金武良仁録音に加えて現代の安冨祖流演奏家の音源を分析している。その結果、戦前期に確立していた「渡吟」の吟法が、戦後の伝承では失われつつあることを明らかにした。第6章ではこれまでの各章の結論をまとめている。

以上のように本論文は、安冨祖流における演奏理論について、特に「渡吟」に注目してその演奏理論の歴史的変遷を実証的に解明している点は高く評価できる。全体的に研究内容・対象を絞り込むことによって、コンパクトな論述に成功している。また、大湾清之、新城亘らの先行研究をもとに、近代沖縄の音楽史上最も重要な理論書と言われながら、難解で理解されてこなかった富原守清『琉球音楽考』を改めて読解し、そこに記された演奏技法の原則や運用法を階層的に整理、体系化している。これによって、安富祖流の伝承において重要な唱法や旋律法の伝承、伝習の改革に今後大きく貢献することが期待できる。研究方法においては、旋律の動きを説明するにあたって、実技者らしく身体の動きの要素を理論に採り入れたほか、音高の動きを図形化した「概念図」を考案し、さらに歴史的録音を音声分析したグラフを利用し、具体的演奏事例を数多く例示している。これにより、他者にも分かり易く、かつ科学的根拠に基づく説明が可能となり、演奏研究の新しい方法を提示している。本研究の成果は、今後の安富祖流音楽の伝承・伝習に大きな影響を与えることが期待できるものである。

演奏審査結果

和田信一氏の学位審査演奏会(令和3年1月6日(水)13:00開演、奏楽堂ホール)「安冨祖流の演奏理論とその実践」と題し、プログラムと本人が考案した演奏曲の概念図を添付資料として実施された。
本研究は、昭和初期に出版された理論書『琉球音楽考』における演奏理論を解読し、昭和初期の安冨祖流を代表する演奏家・金武良仁の歌との整合性を検証するとともに、安冨祖流の演奏理論を体系化することが主な目的である。

演奏は、安冨祖流音楽の特徴的な演奏技法が多く含む楽曲をバランス良く選曲した。琉球古典音楽昔節《首里節》《暁節》2曲、本調子《仲間節》《謝敷節》二揚調子《子持節》《散山節》の6曲を歌い上げた。特に昔節は研究により構築された安冨祖流の決まり手「渡吟」「打ち上げ吟」「起し吟」「開音打音」「渡吟、居し吟の複合型」「起こし吟、渡吟、打ち切りの複合型」を網羅し堂々と歌い上げた。
これまでの実演発表として、修士課程、博士課程の研究演奏会、5回の大湾清之研究発表会に積極的に参加して地道に実践的研究を行なった。その結果、安冨祖流の演奏理論を確実に習得して、研究内容と演奏が高いレベルで結実した演奏であった。

昔節の決まり手以外の修飾吟「引き吟」「左吟」「張り抑え」「引返し吟」「引カンジ吟」「三角当て」「波突吟」「くん張」についても良く研究されていてその特徴が演奏に表れていた。安冨祖流の吟法については、三線の絃音を追いかける様に進行するのが原則である。本論文では、その原則を「追行吟」と命名して、「追行吟」と「渡吟」を整理して演奏したことは大きな成果だと思う。

全体的に声量、音程、テンポ、節入れは安定していた演奏であったが惜しいと思うのは、昔節、本調子の調弦をあと半音上げてC#にしていれば《首里節》《仲間節》の低音域も十分に響かせることができたということである。Cの調弦にこだわりがあったかもしれないが、昔節や本調子の独唱曲を歌う際にC#で歌うことはよくあることなので、自分の声域に最適な調弦で臨むことによって昔節の表現力に幅が広がるのである。二揚曲については、低音、高音、歌の演奏力は十分に発揮できた。研究テーマと演奏技法および表現力についての研究が十分になされ、高度に習熟された演奏であった。今後の活躍に期待している。

最終試験結果

最終試験(口述)(日時:1月9日 10:00~11:30 場所:一般教育棟・管理棟2階会議室1-2)
申請者に対して提出論文の概要を口頭で述べてもらった後、論文担当教員3人、実技担当教員2名、それぞれ専門的立場から質疑応答を行った。

まず、研究の概要について簡潔に説明できるかを確認したところ、適切な回答が得られたが、論文について各審査委員から何点かの問題点と課題が指摘された。次に研究演奏についての内容に関する質疑応答を行い、論文、研究演奏ともに総合的な理解力があると判定した。

〈総合判定〉
学位審査委員会は、審査にあたり芸術文化学研究科「博士論文等審査基準」に基づいて、申請者より提出された論文及び研究演奏が要件を満たしているかを審査した。

論文、研究演奏、最終試験(口述)の成績素点は各100点満点の85点以上を合格とすることとした。
次に博士論文の評価基準に従って審査し基準を満たしているか判定した。論文は、実演家による「実践に基づく研究」として、博士(芸術学)の学位にふさわしい優れた成果であると判定した。
研究演奏についても評価基準に従って審査し基準を満たしているか判定した。研究演奏については、研究演奏に対する的確な理解力が示されていた。演奏技法及び表現力についての研究も十分になされ、高度に習熟されていると判定した。

論文及び研究演奏の審査後に行われた最終試験(口述)では質疑応答の中で、申請者の研究に対する総合的な理解力、実力があると判定した。

口述試験終了後審査会議を開き、各委員から提出された素点を集計した結果、論文、研究演奏、最終試験(口述)の各成績が合格点を満たしていることから学位審査委員会では、博士の学位を授与するにふさわしい質と量を備え、基準を満たしていることから総合判定を合格とする。

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