論文要旨
本研究は「磨研土器の制作技法の調査・研究を通じた現代陶芸における新たな装飾技法の探究」をテーマとして、土器の熟覧調査や再現作品の制作などを通じて古代に発達した技術を学び、その技法・意匠を現代陶芸の制作に応用することを目的としている。そのため、土器の制作技術に関する技法実験をおこない、自身の表現に還元できるような新しい装飾表現の確立を目指した。また、現代の陶芸作家たちが土器からどのような影響を受け、どのように昇華してきたのか、現代陶芸と土器との関わりといった観点から考察している。それらを筆者自身の土器への憧れや芸術性と照らし合わせ、「現代陶芸」という分野に根差している土器文化について、技術的・思考的の両側面から考察し論述した。以上のことから、はじめに、第1章~第4章、おわりに、という章立てにて構成した。
第1章「各地の磨研土器の制作技法について」では、世界各地の磨研土器の熟覧調査を通して見出したことを、技法別に取り上げ、比較し、述べていくことで、それぞれの土器の持つ特徴についての共通点や特異性などについて理解を深めた。本論の研究対象技法である「黒陶」と「研磨」の特徴が見られる土器である中南米の「ネガティブ文様土器」、弥生時代の「丹塗磨研土器」、中国の「竜山文化の黒陶」、エジプトの「ブラックトップ」、古代エトルリアの「ブッケロ」に加え、先行研究の中で扱われた作家について理解を深めるために古代ローマで発展した「テッラ・シジッラータ」と呼ばれる低火度陶器の調査をおこなった。
第2章「土器の技法から考える新しい装飾技法の探究」では、「ネガティブ文様土器」の再現作品の制作や「暗文」の技法実験を通して、考古資料で観察できる装飾技法について技術的側面から考察をおこなった。さらに低火度焼成の器面に金彩を施すなどの新たな技法の創生について論述した。また本章では、現在の日本の陶芸分野では器体表面が黒い低火度焼成の焼物のことを一括りに「黒陶」と表現されていることについて疑問を投げかけた。単に「黒陶」といえど器面を黒くする際の工程の違いによって、得られる特徴が明らかに異なっており、黒陶作品を制作する作家たちは自身の目指す表現を探し、黒陶を制作する際の焼成方法を変えたり、意識的に使い分けたりしているはずである。そこで本章では実験と考察を通して、技法ごとに得られる特徴の違いを明確にし、黒陶技法の分類について論述した。
第3章「現代陶芸に見られる土器の影響」では、筆者自身の芸術家としての立ち位置を明確にする上で、現代陶芸の分野内で土器の技術がどのようにして活かされてきたのか、陶芸家が土器からどのような影響を受けてきたのかを現代陶芸作家の作品や、作品に対する技法的アプローチ、コンセプトなどを取り上げ、考察した。本論では土器に影響を受けた作家として、八木一夫、鈴木治、加守田章二、重松あゆみを取り上げた。八木は土器の持つ瑞々しい質感、対して鈴木はざらついた土肌の質感や炎の痕跡、加守田は装飾などのデザイン的観点、重松はテッラ・シジッラータの技術や縄文土器の装飾と構造という観点から、それぞれの作家が土器の持つ違った側面に惹かれ、影響を受けていることを明らかにした。
第4章「土器の技術と表現の自作品への展開」では、土器の再現作品の制作や新しい装飾技法の確立を目指したことによって得られた独創性などを、自身の作品についての解説を通して論じた。技法的な解説に加え、土器の技法を自身の表現として取り入れるにあたって、制作に対する造形思考について自作品を例に挙げて解説した。土器は遥か昔の言語を持たない時代からつくられ、人々の祈りや生活の営みの記録などを伝えるために装飾的な表現が取り入れられてきた。半永久的に残り続ける陶芸作品は、作家にとって自分が生きた記録を残すことである。何千年も前の土器には、時空を越え、現代の私たちに何かを訴えかけてくる力がある。そんな土器の持つ「伝える力」に憧れ、何かを物語るような表現を目指した筆者にとって、土器の表現を取り入れることは自身の創作にとって必要不可欠であると論を展開し、結論付けた。
以上のように、本論文では土器の考古学的背景や技法の調査・研究を通じて、先行研究の中で扱われた作家の制作を例に、土器が現代陶芸の表現に及ぼしてきた影響について述べ、使用する技法や素材の歴史的背景、または考古学的背景を理解することの重要性について論じた。技法研究に関しては、その技術の特徴を深く観察し、まとめることで技法の理解と分類をおこなった。また、土器の熟覧調査や再現制作を通して習得した技術を応用し、自身の制作に活かしていくことで、新たな装飾技法を発見し、現代陶芸において新たな表現に関して論考できたと考えている。
英文要旨
Exploring Decorative Techniques in Contemporary Ceramics through Investigation and Research into Polished Earthenware
This dissertation explores decorative techniques in contemporary ceramics through investigation and research into the production techniques of polished earthenware. The study aims at clarifying the techniques developed in ancient times through the study of earthenware and its reproduction process and applying those techniques and designs to the creation of contemporary ceramics. To that end, I experimented with various earthenware production techniques and established new decorative expressions that could be applied to my artworks. I also analyzed how contemporary ceramic artists have been influenced by earthenware, how they have refined earthenware, and the relationship between contemporary ceramic art and earthenware generally. Such analyses are compared with my admiration for and artistry with earthenware, and the earthenware culture rooted in the field of ‘contemporary ceramics’ is explained in terms of techniques and conception. This dissertation is structured into the following sections: introduction, four chapters, and conclusion.
Chapter 1 discusses what was found through a careful examination of polished earthenware from different parts of the world, highlighting, comparing, and discussing the different techniques used in each area. Then the similarities and specificity of the characteristics of the diverse types of pottery are analyzed.
In Chapter 2, the decorative techniques observable in archaeological materials are examined from a technical perspective, through reproductions of ‘negative-patterned pottery’ and experiments with ‘polish-patterned’ techniques. In addition, new decorative, low-firing techniques, which I created and established through experiments and analysis, were introduced. Black pottery techniques were also classified and discussed on the basis of experiments.
Chapter 3 examines how the technique of earthenware has been utilized within the field of contemporary ceramics and how ceramic artists have been influenced by earthenware to elucidate my position as an artist. The artists influenced by earthenware are Kazuo Yagi, Osamu Suzuki, Shoji Kamoda, and Ayumi Shigematsu, and their technical approaches and concepts are analyzed, based on their works. The analysis demonstrates that they were attracted to and influenced by different aspects of earthenware.
Chapter 4 discusses the originality gained from the reproduction process of earthenware and the establishment of new decorative techniques through my own commentary and works. In addition to the technical explanations, my own artistic thoughts on the production of earthenware, using my works as examples in adopting the new techniques is explained.
As stated above, through the research and study of the archaeological background and techniques of earthenware, this dissertation discusses the influence that earthenware has had on the expressions of contemporary ceramics, using the works by the artists mentioned in the preceding chapters as a reference point, and acknowledging the importance of understanding the historical or archaeological background of the techniques and materials used. The characteristics of the techniques are also analyzed in depth to understand and categorize the techniques. By applying to my own artworks the techniques acquired through the study of earthenware and reproductions, I have been able to create the original decorative techniques and discuss new expressions in contemporary ceramics.
論文審査結果
本論文は、「磨研土器の制作技法の調査・研究を通じた現代陶芸における新たな装飾技法の探究」と題し、磨研土器の制作技法の調査研究を行い現代陶芸における新たな技法の探究を論述している。また、土器の熟覧調査や再現作品の制作などを通して古き優れた技術を学び、そこから得た情報を自身の制作に還元し、新たな造形を探求するものである。さまざまな土器は、考古学的な見地での先行調査、研究が膨大にあるが、造形的な視点での研究は見落とされがちな分野である。本論文ではその点に着目し、調査研究と新たに開発した技法や自身の造形理論を融合させて、現代陶芸に昇華させる過程を示す独自的な論文と言える。
第1章「各地の磨研土器の制作技法について」では、世界各地の磨研土器の熟覧調査を行い、それらを技法別に取り上げ、比較、検証することで、それぞれの土器の持つ特徴についての共通点や特異性など調査の成果を述べている。
第2章「土器の技法から考える新しい装飾技法の探究」では、ネガティブ文様土器の再現作品の制作や暗文技法の実験を通して技術的側面からの考察、また低火度焼成の器面に金彩を施すなどの新たな技法の獲得についても触れている。さらに本章では、現在の日本の陶芸分野では器体表面が黒い低火度焼成の焼物のことが一括りに「黒陶」と認識されていることについて疑問を投げかけ、実験や考察を通して技法ごとに得られる特徴の違いを明確にし、独自の黒陶技法分類について述べている。
第3章「現代陶芸に見られる土器の影響」では、申請者の芸術家としての立ち位置を明確にする上で、現代の陶芸家が土器からどのような影響を受けて、土器の技術がどのように活用されてきたのかを、八木一夫、鈴木治、加守田章二、重松あゆみ4名の作家を取り上げ、考察している。それぞれの作家が、土器の持つ様々な側面に惹かれ、影響を受けていることを解説し述べている。
第4章「土器の技術と表現の自作品への展開」では、土器の再現作品の制作や新しい装飾技法の確立を目指したことによって得られた成果など、作品解説を通して述べている。「おわりに」では、申請者の土器に対する理念や今後の展望を述べ、自身の創作にとって必要不可欠な素材技法であることを論じ、本論文を締め括っている。
こうした論文の内容と構成について、審査委員からは下記のような評価がなされた。
①土器の熟覧調査の研究が的確にまとめられている。②様々な土器技法を網羅して、土器制作における技法の考察がなされている。③申請者独自に開発した、土器に塗布する金彩技法の創出が示されている。④現状曖昧な黒陶の分類について疑問視し、技法研究を重ね精度の高い分類を行なっている。⑤調査から得た成果を現代陶芸に昇華する過程が読み解ける内容であり、申請者の高い作家性を示すものである。⑥現代陶芸における土器作品の評価を見直す契機となる。
また一方では、①第2章の章立てついて見直す余地がある。②図版の記述や使用法に修正が必要である。③第3章における先行作家の論述について、聞き取り調査などの擦り合わせが充分でない。③申請者の造形理念について曖昧な点が見られる。などといった点が審査委員から指摘された。
審査委員会は以上の評価を総合して、本論文は博士の学位に相応しい内容であると判定した。
作品審査結果
学位審査展覧会(会期:1月17日(水)〜1月21日(日)場所:附属図書・芸術資料館第2、3展示室)に提出された研究作品を対象に、1月21日(日)に審査を行った。作品展示は作品13点を展示し、資料として展示目録に論文要旨を加えて配布し、展示発表を行った。
展示作品は、第4章で解説のある8点、装飾技法の研究における作品3点の計11点で構成されている。また本申請時の出品リストに記載のない、新作2点《艶黒陶壺―暁―》2023年、《艶黒陶壺―鶉―》2023年の展示があり、審査委員会は新作について参考作品として扱うこととした。
第4章で論述している《Clay Language》シリーズから出品された《Clay Language Ⅰ》2020年は、修士時代を代表するもので論文にも取り上げており、参考作品として出品。《shift》2020年、《汽水域》2022年も上記と同じシリーズで、博士課程に入学後の制作。制作過程は同等である。この2点からは、磨研土器の制作による大作のもので、ロクロ技法によって成形された形状に丹念な磨きと《shift》にはグラデーションによる黒陶加飾を加え、磨研技法の方向性が定まった記念碑的なものであると考える。《Clay Language》シリーズは、人間の体の動きや形、日常の事象をモチーフに、そこにまつわる感情や経験などを合わせて、文字のように記号化し、作品を媒介しコミュニケーションを企てる作品群となっている。
《essay》シリーズからの出品は、《知不知》2021年、《conscious》2021年、《noboru》2021年の3点。
《essay》シリーズでは、申請者が日常で感じたことや考えたことを具体的なモチーフを通して作品という形で記録している。また、土器はその当時の人々の記録を伝える力を持つと想定した。この2つから着想を得て、本シリーズでは、設定した自身の体験や思考などが記憶として作品と結びつくように、その体験に関連付いた物をモチーフとして選定、それを元に制作を行なっている。陶芸作品の制作では時間の制約があり、他の素材と比較して短い時間での制作が求められる。《essay》シリーズは、その短い時間で思考し制作する様を、エッセイになぞり構築していく行為が成功している。
《土器》シリーズの出品は、《黒色暗文白金彩壺》2022年、《艶黒陶―夜光虫―》2023年、《艶黒陶壺―夕波小波―》2023年、及び新作の《艶黒陶壺―暁―》2023年、《艶黒陶壺―鶉―》2023年の計5点。
《土器》シリーズは、現代に「土器」をつくることの意味を考察し取り組んでいる。ただし、申請者は、「土器」という言葉を使用するが、実際に使用する器としてつくっているのではないと宣言している。「土器」形状を借り、申請者が追い求める装飾表現を実践するものと考える。このシリーズにおける加飾技法は、申請者独自に開発したマスキングテープによる黒陶のグラデーション効果、土器表面に金液を塗布する金彩装飾を使用し、革新的な「土器」の表現を提示し、成功している。
これら学位審査展覧会における芸術表現作品11点は、学位申請論文と密接に関連しており、本論文の調査、論考をもとに研究制作がなされている作品と考える。これら11点の作品は磨研土器の制作技法の習熟度の高さを示し、現代陶芸における装飾研究が十分になされた完成度の高い作品であると判断できる。 また申請者は、公募展への出品を含めた制作発表を精力的に行っている。展示作品の5点は、国内公募展において入賞、入選など外部評価を受けている事を確認、作品の質においても十分であることを評し、作品提出の要件である外部作品発表実績を認めた。
以上のことから学位審査展覧会に提出された研究作品11点において、作品内容及び芸術表現研究の成果 として博士の学位の授与にふさわしい質と量を示す芸術表現研究であると評価し、「研究作品の評価基準」 に照らして基準を満たすものと評価した。
最終試験結果
最終試験(口述)(日時:2024年1月21日 13:30〜15:57 場所:当蔵町キャンパス管理棟2F会議室1、2において対面開催)最終試験は、まず進行者が審査委員の紹介を行った。次に申請者が論文要旨並びに展覧会概要を口頭で説明した。続いて審査委員が一人ずつ提出論文について質疑を行う。申請者が審査委員一人ずつの質問に対して回答を行った。提出論文の質疑では「第3章、先行作家の選定基準と論述が十分なものではなかった」、「第2章、章立ての見直し」、「第4章、造形理念についての曖昧な記述」などの質疑や提案がなされた。2巡目の質疑では研究制作について行い「使用する道具とフォルムの関係性」、「制作者の土器概念」など質疑がなされた。質疑応答の結果、論文や作品について充分に説明が行え、質問についても齟齬無く回答ができた。また申請者が現状において明確に回答できない質問についても、自身の問題点や今後の課題を述べることができた点など、質疑応答全体は一定の評価ができた。
総合判定
審査委員会は、審査を実施するにあたり「沖縄県立芸術大学大学院芸術文化学研究科(後期博士課程)博士論文等審査基準」に基づいて、申請者・鈴木まこと氏より提出された論文及び作品が要件を満たしているかについて審査を行った。まず、論文審査、作品審査、最終試験(口述)の成績素点はそれぞれ100点満点の85点以上を合格とすることを確認した。次に博士論文等審査基準に従って審査を行い、評価基準を満たしているかについて判定した。
その結果、論文審査及び作品審査についてそれぞれの審査委員全員一致で博士(芸術学)の学位に相応しいと判定した。また最終試験では、質疑応答によって審査を行い、申請者が当該研究に関する総合的な研究能力(制作能力を含む)を十分に有していることを確認した。
最終試験終了後に審査会議を開き、4人の委員から提出された素点を集計した結果、論文、作品および最終試験の成績が合格点を超えていた。審査委員会は申請者が提出した論文と作品が、博士の学位を授与するに相応しい内容であり、博士論文等審査基準の評価基準を満たしていることから、総合判定を「合格」とした。