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「近世近代の中日欧における陶磁文化交流の研究 ―貿易と技術伝播を中心に」

氏名(本籍)
胡 一超
こ いっちょう
(中国)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
博27
学位授与日
令和5年9月26日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
近世近代の中日欧における陶磁文化交流の研究 ―貿易と技術伝播を中心に
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博士論文全体
審査委員
  • 教授 森 達也[主査]
  • 教授 波平 八郎
  • 教授 小林 純子
  • 佐藤 一信(愛知県陶磁美術館 館長)

論文要旨

16世紀後半から20世紀初頭にかけて、中日欧の間で、世界的な陶磁文化・技術交流が行われ、貿易流通及び芸術文化の影響が複雑に展開していた。本研究は、この時期の中日欧における陶磁貿易の流通及び文化・技術受容の実像を明らかにすることを目的とする。また、日本の鎖国と清朝の海禁の期間に、アジアと欧州と貿易で繋いだオランダ東インド会社がどのような役割を果たしたかという課題にも焦点を当てている。

日中文化の交流史に関する先行研究は数多くあるが、陶磁文化の交流史、特に近代に関する専門研究は少ない。近世、貿易のグローバル化に従い、国家間の相互的な影響が以前より大きくなって、中日欧は相互的に陶磁の輸出を競いながら、相手の陶磁文化を取り入れ、自国なりの風格を形成した。19世紀末、日本も積極的に西洋の先進技術を導入し、斬新な生産技術が発展し、窯業生産も新たな段階に入った。且つ、中国が主な陶磁文化の輸出国とされる論述が多いが、清末における日本の中国への影響について言及されることは近年まで少なかった。同時代に日本政府が実施した清国窯業調査では、当時の清国窯業の様相が詳細に記録されており、20世紀に入ると日本の釉下彩技術が中国へ伝えられるようなことも起こった。

本論の各章節と概要は以下の通りである。

第1章では明末清初の中国陶磁の輸出を巡り、日本と欧州に輸出した製品についてまとめた。研究対象として、日本向けの古渡物の古染付と祥瑞磁、及び欧州に輸出した染付と徳化白磁、呉州手磁器を含め、当時の中国磁器の輸出状況を概観した。また、清朝海禁時期の中日欧における陶磁貿易の様相と、その後の清朝陶磁の再興をについて言及した。

第2章では欧州の絵付け技術の導入による中国における色絵磁器の生産技術の革新と、18世紀に磁器生産に成功した後の欧州の磁器産業の発展について述べた。さらに、近代欧州の先進技術の日本窯業への影響を述べた。19世紀から、中国の陶磁輸出は下火になり、産業革命が起きた欧州では、磁器生産にも新技術を導入して、ドイツのマイセン磁器会社をはじめ、欧州各地に磁器生産窯を創立して、万国博覧会を契機に、世界各国の交流も更に緊密になった。ドイツ人のワグネルを通じて、革新的な釉下彩の技術が日本に導入されて釉下彩磁器が出てきた。また、同時代の清末窯業を巡り、特に当時の時代背景を踏まえ、中国磁器の生産が時勢の影響を受け、停滞した原因について述べた。

第3章では、まず近代日中における窯業技術の交流について、明治時代両国の磁器貿易の様相を探りながら述べた。その次に、明治政府の農商務省の委任で作成された20世紀前後の中国窯業に関する報告書に基づき、当時の清国の、特に景徳鎮の磁器生産の様子を明らかにした。具体的に清国の窯業生産の様相を分析し、特に清国の代表的な窯業地である景徳鎮窯の窯業組織、製造技術、石湾窯と徳化窯について述べた。また、20世紀前後、醴陵窯に招聘された日本の窯業技師がもたらさした「釉下彩」技術が湖南省の釉下彩生産に及ぼした影響を踏まえ、湖南省陶磁学堂と瓷業会社の成立について述べた。
第4章では、近代中国の窯業技術先駆者の養成と貢献を中心に述べた。近代中国における窯業の変革を皮切りにして、清末の「強国運動」の時代背景の元、日本に派遣された窯業留学生とその養成スシテムについて述べた。それから、東京工業大学が受け入れた中国の留学生をはじめ、当時の東京高等工業学校における中国の近代窯業人材の育成、戦前の留学生の育成及び中国人の窯業学生の全体像を探りながら述べていた。また、窯業学生が帰国後に、近現代中国窯業の発展へ及ぼした影響と近代中国窯業技術の革新に着眼して述べた。

最後の結論は、前述した研究を踏まえ、近世近代の中日欧における陶磁貿易と技術伝播の様相をまとめた。中日欧は相互的に陶磁の輸出を競いながら、相手の陶磁文化を取り入れ、自国なりの風格を形成した。近世、日中両国間にかなりの量の陶磁貿易が行われ、中国陶磁は日本陶磁に大きな影響を与えていた。とはいえ、中国陶磁の影響力の大きさと重要さばかりを強調するのも一面的に過ぎるだろう。清初、中国陶磁の輸出が途絶えた時に、東南アジアからヨーロッパに至るまで、世界市場を席巻した日本磁器は中国陶磁の代替品として、時とともに独自色を強めていった。海外輸出が解禁された後の中国陶磁は日本風の意匠をもった磁器を欧州からの注文を受けて生産したこともあった。欧州の窯業は日中両国の陶磁文化と技術を受容した上で、近代の工業化された陶磁生産技術を最初は日本に伝え、それから日本から中国へと伝播し、近代日本と中国の窯業生産を促した。本課題の研究を通じて、前述した陶磁貿易の変遷と技術伝播のルートを全面的に考察した上で、大小・強弱の差があっても、陶磁文化の影響は双方向性があることを明らかにした。

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