沖縄県立芸術大学大学院芸術文化学研究科

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琉球の花鳥画史に関する一考察 -模写と創作の実践を通して-

氏名(本籍)
仁添 まりな
にぞえ まりな
(沖縄県)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
博23
学位授与日
令和3年3月18日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
琉球の花鳥画史に関する一考察 -模写と創作の実践を通して-
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博士論文全体  論文要旨および論文審査要旨
審査委員
  • 教授 平山 英樹[主査]
  • 教授 小林 純子
  • 教授 森 達也
  • 准教授 香川 亮
  • 教授 宮崎 法子(実践大学)
  • 論文要旨
  • 英文要旨(English)
  • 論文審査要旨

論文要旨

本研究は「琉球の花鳥画史に関する一考察―模写と創作の実践を通して―」のもと、花鳥画の表現の可能性を見出すことを目的としている。そのため、琉球絵画の花鳥画の立ち位置の追求や特徴を明らかにし、琉球絵画に影響を与えた中国の花鳥画から画題の意味や描法の共通点を探る。また、模写を通して、実制作の視点から見えてくる特徴や問題点を探求した。そのうえで、自身の制作テーマである「花鳥に見出す楽園」についての追求を行い、琉球の花鳥画の特徴と自身の表現がどのように結びつくかを分析していく。以上のことから、4章立てに構成した。

第1章では、中国の花鳥画と琉球の花鳥画の描法、構図、色彩、画題、用いられたモチーフから、特徴を見出し、比較することで、琉球に伝来した中国の花鳥画の影響を考察した。現存する琉球絵画の作品から調査を行い、中国から伝来した絵画技法や画題、構図などについて推測した。琉球の花鳥画は当時から高い需要があり、薩摩を通して日本に流通していた。琉球の花鳥画は、中国の花鳥画と共通している画題が多いとわかった。しかし、絵画技法がどのように作品に取り込まれているかまではわからなかった。

第2章では、章聲の『雪中花鳥図』と殷元良の『雪中雉子之図』の模写を行った。中国の絵画技法がどのように作品に取り込まれているかを明らかにするため、臨摸に近づけた復元模写を行った。特に描写について、同時代の絵画技法書である『芥子園画伝』に使用されている「皺」や描法に着目して描いた。描写について、構図、線、彩色の3つの観点から分析することで、画家のモチーフに対しての意識と、描法の特徴を明らかにした。描写の検討を行うことで、臨摸に近づけた復元模写の精度を高めていった。作品のなかで描いたモチーフについてそれぞれの特徴と差異を比較すると、描法に大きく違いがあるとわかった。

第3章では、花鳥画に見出す楽園表現について述べた。筆者が花鳥画に「楽園」を見出す理由は、花鳥画とはある種の異世界、つまり理想郷の姿をした「楽園」であると考えているからである。自然のありのままを描くのではなく、制作者や、作品を発注した誰かの願いが込められて描いた画題こそが「花鳥画」なのであり、人の願いや想い、意図が込められた「楽園」そのものなのであると仮定し、論じていった。主に、植物、鳥、石の3つの花鳥画を代表する構成要素から、花鳥画にみる「楽園」を解説した。モチーフごとに考察していくことで、花鳥画がある種、理想的な世界観であること、そして意図的に人間によってつくられた「楽園」の体をなしていることを考察した。

第4章では、花鳥で描く楽園について述べた。著者の考える「楽園」を花鳥画に描くにあたって、楽園とはどういうものかを明らかにするために、ヨーロッパのエデンの園、中国の桃花源、日本の極楽浄土、琉球のニライカナイの4つの文化圏ごとに楽園の定義を推測し、楽園をテーマに描いた絵画作品を考察した。それから、自作品を例にあげて、楽園の要素をどの部分に取り入れているかを解説した。自身の考える楽園とは、さまざまな生物が繁栄している地上にある楽園である。地上の楽園を表現するにあたり、古典的でありながら新しい表現を追求できる花鳥画という画題は、自身の創作に適した画題であるとした。

以上のことから、琉球の花鳥画は中国の花鳥画の影響を強く受けており、描法においても共通した画題や描法を指摘した。また、花鳥画が、吉祥を描いた理想的な世界であることから、自身の制作テーマである「楽園」との共通点を見出した。地上の楽園として、琉球の花鳥画に使われた絵画技法と、伝統的な画題を取り入れた花鳥画を描くことで、新たな花鳥画を表現することができると結論づける。

英文要旨

A Study of Ryukyuan Bird-and-Flower Painting: Through the Practice of Reproduction and Creation

This study focuses on Ryukyuan bird-and-flower painting and aims to explore the possibilities of expression using birds and flowers. To that end, the status and characteristics of Ryukyuan bird-and-flower painting will be clarified, and the subjects it treats and its artistic techniques will be compared with the Chinese bird-and-flower painting that influenced its Ryukyuan counterpart (Chapter 1). The features of this genre are further examined through the practice of replication of both Ryukyuan and Chinese bird-and-flower paintings (Chapter 2). Based on such practical studies, the author analyzes how bird-and-flower painting is associated with the concept of paradise (Chapter 3), and pursues her own production theme, paradise in bird-and-flower paintings (Chapter 4). This dissertation consists of four chapters, each briefly referenced above, incorporating three themes: Chinese and Ryukyu bird-and-flower paintings, the practice of painting reproduction, and the expression of paradise found in bird-and-flower paintings.

Chapter 1 considers the influence of the Chinese bird-and-flower paintings introduced to Ryukyu, and examines the compositions, colors, and subjects of both such Chinese and Ryukyuan paintings. It shows that they present many common subjects; however, research did not reveal which methods and techniques were used in the Ryukyuan bird-and-flower paintings.

Chapter 2 examines how Chinese painting techniques were incorporated into Ryukyuan works by replicating such art works as Birds with Flowers in the Snow by Shousei and A Pair of Pheasants in the Snow by Yin Genryou. The author performed the restoration replication of those paintings using Kaisiengaden, (A Manual of the Mustard Seed Garden), the work on painting technique, written in the same period, and she analyzed those works from three perspectives: compositions, lines, and colors. The study of reproduced motif characteristics in each reveals clear differences between Chinese and Ryukyuan paintings in their compositions of motifs as well as the ways the stylized flowers were painted.

Chapter 3 describes the components of bird-and-flower paintings. The author considers that category of painting to be “paradise” in the similitude image of utopia. The motifs used in such paintings are studied from the perspectives of three components, i.e., as plants, birds, and rocks. Adopting that analysis, the author considers that bird-and- flower painting represents a paradise intentionally created by humans.

Chapter 4 examines the representations of paradise by painted flowers and birds. In order to express “paradise” as the author imagines in her own bird-and-flower paintings, the definition of paradise is explored by examining paintings from different cultural spheres, all on the theme of paradise. Then the artistic expression and components of paradise, represented in the author’s own art works, are explained. Bird-and-flower painting, classic yet new and evolving, provides subjects to explore and has become suitable for her own creations.

This study indicates that Ryukyuan bird-and-flower paintings are strongly influenced by such Chinese works with common subjects and techniques. That genre of painting represents an ideal space with auspicious representations and has something in common with the author’s creative theme, paradise. The study concludes that the techniques discovered in Ryukyuan bird-and-flower painting and the application of traditional materials enable her to present new bird-and-flower paintings, as an expression of a paradise on earth.

論文審査要旨

本論文は、「琉球の花鳥画史に関する一考察」と題し、全4章で構成されている。第1章では、中国の花鳥画の時代ごとの特徴が概観され、さらに琉球における花鳥画の受容を主な画家の事績と作品の分析によって明らかにした。第2章では、中国の絵画とそれを模写した琉球の絵画、この双方の模写を行い、追体験の過程を丹念に記録し、比較検討することで、琉球の花鳥画に関する自説を導き出している。第3章では、申請者が花鳥画に楽園を見出す構成要素について考察し、花鳥画が申請者の楽園観と密接に関連していることを説いた。第4章においては、申請者の楽園の定義が述べられ、制作テーマが楽園に辿りつく過程が自作品に基づいて詳述されている。

このように、先行研究の少ない琉球の花鳥画について、可能な限りの文献資料を参照しながら丹念に作品を読み解き、その特質を考究しており、非常に意欲的な論文である。特に、制作者としての立場から、模写を通して琉球と中国の花鳥画を緻密に比較研究し、多くの新知見を提示したことは高く評価できる。また花鳥画の楽園としての側面に着目し、そのモチーフの意味を美術史及び文化史に探り、さまざまな宗教や思想哲学における楽園的イメージを確認することで、申請者の楽園観が補強され、作品の創作に結実していったことが理解できる、説得力のある論文に仕上がっている。さらに、途絶えた琉球絵画を理論と技術の両面から追求し、琉球絵画再興の一旦を担いたいと展望しており、研究者としての資質も十分窺える。

典拠とした文献への史料批判が弱いこと、推考から自説に繋げる過程において根拠が示されていない箇所があること、結論部分で更に踏み込んだ論述が求められることが指摘できるが、全体としては充実した量の調査研究が出来ており、学位申請論文として高い質を備えていると判断する。

以上のことから、本学位申請論文は、「博士論文の評価基準」に照らして、基準を十分に満たしているものと評価する。

作品審査結果

学位審査展覧会(会期:1月20日〜24日、場所:附属図書・芸術資料館第2展示室、第3展示室)に提出された研究作品を対象に、1月23日に審査を行った。作品は芸術表現作品8点、模写9点である。模写は、学位申請論文第2章で論述した内容の実践となっており、貴重な資料となり得ると考える。特に、臨模に近づけた復元模写は、新たな試みであり今後の琉球の花鳥画を解明する先駆的な研究と言える。筆法を体得し復元した力量は特筆できる。芸術表現作品は、学位申請論文と密接に関連しており、各章で論証してきた花鳥画についての考察が作品を通して表現されている。これらのことから、研究が十分になされ高度に習熟していると判断した。

芸術表現研究全般は、国内主要展覧会を含め、県内外で精力的に創作活動を続けている。作品は受賞、入選等評価を受け活動の場を広げ、十分な外部評価を受けていると判断し、個々の作品が水準以上のレベルに達し量的にも十分なことを評価し、作品提出要件である学外での相当規模の展覧会における作品発表実績を確認した。

以上のことから学位審査展覧会に提出された研究作品群の内容及び芸術表現研究全般において、博士の学位を授与するにふさわしい質と量を備えていると判断し、「研究作品の評価基準」に照らして基準を十分に満たしているものと評価する。

最終試験結果

最終試験(口述)(日時:1月23日10:45〜12:30 場所:一般教育棟2階会議室)では、申請者に対して学位申請論文及び研究作品を中心に質疑応答を行った。指摘を受けた箇所について口述では踏み込んだ内容を述べており、修正、追記が図られることを確認した。更に制作者、研究者としての資質が窺えた。論文・作品全般を通した総合的実力が確認され、審査の結果、合格とした。

〈総合判定〉
論文等審査委員会は、審査にあたり芸術文化学研究科博士論文等審査基準に基づいて、提出された論文及び作品が各提出要件を満たしていることを確認し、論文・作品・最終試験の成績素点は各100点満点で85点以上を合格とすることとした。

次に「博士論文の評価基準」に沿って審査し、質、量共、基準を十分に満たしていることが確認された。同じく作品においても「研究作品の評価基準」に沿って審査し、高度な技量を備えていることや独創的な制作を鑑み、基準を十分に満たしていることが確認された。論文・作品の審査後に行われた最終試験(口述)では、申請者の研究に対する熱意が感じられ、深い探究心が窺いとれ、総合的な実力を確認した。

本論文等審査委員会は、各委員から提出された素点を集計した結果、論文・作品・最終試験の各成績が合格であることから、総合判定を合格と判定した。

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