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ベートーヴェン《ディアベッリ変奏曲》の資料批判的研究 ―初期出版譜相互間の異同を中心に―

氏名(本籍)
大城 了子おおしろ りょうこ(沖縄県)
学位の種類
博士(芸術学)
学位記番号
博3
学位授与日
平成18年3月17日
学位授与の条件
学位規定第4条の2
学位論文題目
ベートーヴェン《ディアベッリ変奏曲》の資料批判的研究 ―初期出版譜相互間の異同を中心に―
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 論文要旨および審査結果の要旨
審査委員
  • 教授 蒲生 美津子[主査]
  • 教授 ホルスト・S・ヘンネマン
  • 教授 平野 昭(静岡文化芸術大学)
  • 教授 植田 克己(東京藝術大学)
  • 教授 大塚 拜子

論文要旨

ベートーヴェン作曲《アントン・ディアベッリのワルツ主題による33の変奏曲》作品120(以下、作品120と呼称)には、ベートーヴェン自身による自筆譜と写譜者による浄書譜とが存在する。その他、印刷楽譜としては、ベートーヴェン生前に出版された「初版譜Originalausgabe」、「改題版Titelauflage」、ベートーヴェン没後の後続の印刷楽譜「後続版Nachdruck」がある。後続版出版の後のいわゆる「旧全集 Ludwig van Beethovens Werke: Vollstaイタリックndige kritisch durchgesehene uイタリックberall berechtigte Ausgabe」と、いわゆる「新全集 Beethoven Werke: herausgegeben von Beethoven-Archiv Bonn 」にも作品120は所収されている。一方、現在流通しているCD演奏では、現行の「新全集」ではなく、1862〜65年刊行の「旧全集」に基づく演奏が聴かれる。

本研究は、作品120を対象として、特に、1823年に出版された「初版譜」と翌1824年に出版された「改題版」について詳細に比較し、さらにベートーヴェン没後の1830年以降に出版された「後続版」についても検討し、従来の原典資料研究が見落としていた「異同 Lesart」について考察したものである。

第1章では、作品120の主な先行研究について述べ、それらの論点と問題点を挙げた。

第2章では、作品の成立に関わる周辺事情を検討し、その成立の契機となった主題作曲者アントン・ディアベッリとベートーヴェンを取り巻く社会状況を明らかにした。また、同じ主題の50人の作曲者が作曲した、もうひとつの《ディアベッリ変奏曲集》について論じ、当時の一般的な変奏技法を明らかにした。

第3章では、ベートーヴェンの変奏技法について検討した。ベートーヴェンにとって変奏技法は、変奏曲だけではなく、ピアノ・ソナタや交響曲、室内楽曲の中でも用いられている。変奏技法の変遷をたどることによって、その中での作品120の位置づけを行った。

第4章では、作品120の作品分析を行った。また、33の変奏を区分する4、5、7、8の区分説を紹介し、新たな区分説を提起した。

第5章では、作品120の初版譜と改題版の内容について検討した。初版譜と改題版は、ボン、ウィーン、ベルリン、ミュンヘン、プラハ等各地に所蔵されている。筆者は8本の初版譜を調査した。その結果、同じプレート番号を持つ初版譜であっても、音高、デュナーミク、スタッカート等に異同があり、初版譜Aと初版譜Bに分類できることに気が付いた。同様に、改題版についても11本を照合した結果、改題版の楽譜内容も改題版Cと改題版Dの2種類に分類できることが判明した。改題版Cは、初版譜Bを典拠とした版であり、改題版Dは、自筆譜を参考にして若干の修正を加えた版である。さらに、改題版は、表紙が4種類あることも判明した。

初版譜Aは、自筆譜や浄書譜を精密に翻刻したものではなく、楽譜内容に不備がみられた。筆者は、初版譜については、初版譜Aが1823年6月以降に出版され、その後誤りに気付き、あまり時を経ずに、銅版に修正を加えて初版譜Bを出版した、と推察する。後続版は初版譜Aと楽譜内容が共通していることも判明した。

なお、旧全集版は初版譜Bを典拠としていることも分かった。また、新全集版には典拠とした初版譜の版名が記されていない。自筆譜や浄書譜には表記されていない校訂者の解釈が加えられた部分がある。

これらの調査から、筆者は、楽譜の表紙、あるいはデザインが同じであり、且つ楽譜の最下段に記載されたプレート番号が同じであっても異なる版が存在することを認識すべきである、と主張する。同時に、作品120のみならず、いわゆる「原典版 Urtext」と称される全ての版についても、楽譜資料の典拠が明記されるべきである、と考える。

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